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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第6話-4

―――時は去年の夏、彼女の誕生月である7月半ば頃まで遡る。
英里は浮き足立っていた。
あまりにも、自分がこの場所にそぐわない、異質な存在であるような気がしてならなかった。
「ほら、英里。どれがいい?何でも好きなの選びなよ。あ、でもあんま高すぎるのはやめてね。バイトの給料日もうちょい先だからさ〜」
先を歩く友人は店内をきょろきょろと見回しながら、手馴れた様子で商品を見定めてゆく。
「い、いい、いらない。気持ちだけありがたく受け取っとくから…」
挙動不審に、後をついてゆく英里は必死に拒否した。それより一刻も早くこの場から立ち去りたい。
「もうハタチなんだからさぁ、勝負下着の1枚くらい持ってたっていいじゃん?」
振り向いた彼女は、大袈裟に肩を竦めてみせた。
「いらないって。てゆうか勝負する時なんかないし!」
自分の言い分を全く聞こうとしない友人に、つい英里は声を荒げると、それ以上の口撃が襲い掛かる。
「何言ってんの!普段あんま会えない彼氏なら、久々に会う時は常に勝負でしょうが!」
「…っ、そもそも!プレゼントって、受け取る相手が喜ぶ物をくれるべきなんじゃないの!?」
「いーや違うね、こっちがあげたいと思うものを相手に贈るのがプレゼントだもん。じゃ何?英里は自分が気に入らないものだったら受け取らないんだ、冷たーい。それとも、欲しい物を事前に相手にゆうの?それって図々しくない?」
きちんと整えられた形の良い眉を吊り上げて、妙に自信たっぷりの表情で言われ、英里はたじろぐ。
「とにかく、今年の誕生日プレゼントはこれに決めたの、絶対譲らないからね。まぁ、使う・使わないは英里の勝手だからさ、とりあえず好みそうなの適当に選んでみて」
口を挟む隙もなく、こんな調子で、意気込んでいる。こうなってしまえば、もう友人を止める術はない。
「わかったわかった、どうもありがとう」
すっかり反論する気力も失せた英里は、力なく頷く。
逆に、そっちが誕生日の時は、純文学全集でも贈りつけてやろうかなどと若干狭量な復讐を考えつつ、英里は慣れない店内を見渡した。
正直、こんな下着を身に着けている自分の姿を全く想像できず、どういう基準で選べば良いのかわからない。
「うーん、英里はクールで大人っぽいから、黒とか青とか紫の寒色系が似合うかも…。いや、でもここは敢えてギャップを出して、ピンクのフリルがついたヤツとか?」
何やら友人が隣でぶつぶつと物騒な事を口にしているので、英里はわざと聞こえないふりをして、商品を物色する。
「あ、これなんかどう?ブラだけでも試着してみたら?」
友人が笑顔で差し出してきたその黒い下着を、強引な笑顔で押し切られた英里はとりあえず上だけ試着してみて絶句する。
(すごい、透けてる…)
しかも、セットの下はTバック。蝶モチーフはお洒落で可愛いとは思うのだが、これはとてもじゃないが着る勇気がない。それに、たぶん自分には不相応だ。
ホックを外そうとしたその時、
「…ねぇ、どうだった?」
突然、カーテンの端から友人がのん気に顔を出すものだから堪らない。
「ちょっ!ちょっと、何で開けるの!?」
慌てて、英里は手で胸元を隠そうとするが、
「見ないとわかんないもん。お〜、英里相変わらずスタイルいいなぁ、ピッタリじゃない。つーかすっげぇえろいよね。それに網タイツとか穿いてたら何か女王様プレ…」
その先を言わせないように、英里はしたり顔で頷く彼女の頭を無理矢理押し出して、問答無用でぴしゃりとカーテンを閉めた。
外から彼女の非難の声が聞こえるが、これも聞こえないふりをして、無視する。
それにしてもえろいとは…身も蓋もないその言葉がぐさりと英里の胸に突き刺さった。
今まで自分を形容する言葉で一度も使われた事がなく、じわじわと地味にショックを与える。
「英里の好みがないならさ、彼氏の好みはどんなの?それに合わせようよ、悦びそうなやつ」
彼の好み。
英里は様々な圭輔との記憶を手繰り寄せて、手掛かりを得ようとするが、残念ながら全く見当もつかない。
考え出すと、今までの色気も素っ気もない無難な下着でも特に文句は言われなかったので、そもそもこんなどぎつい下着なんて必要ないのではないかなどという極論に至ってしまう。
だが、今更それを言ったところで、彼女にまた言い負かされるのは目に見えていた。
「ごめん、好み、わかんない…」
英里は申し訳なさそうに小声で告げる。内心は、これで彼女も諦めてくれるだろうと思っていたのだが、そう簡単にはいかないようだった。
「もう、仕方ないなぁ。じゃあ、やっぱ英里の好みとあたしの見立てを掛け合わしていくか」
そして、気だるそうな口調とは裏腹に、また嬉々とした様子で店内を見回し始める。
そんな彼女の後姿を、試着室の中から英里は呆然と見つめる。
これは、とりあえず何か選ばないと解放してくれそうにない。
まだまだやる気満々のようである彼女を後目に、英里は深く溜息を吐いた…。


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