『SWING UP!!』第８話-15
（さて）
１回裏の攻撃に移り、その先頭打者は岡崎である。今年は、初球打ちが多い超攻撃的な１番打者として、名を馳せるようになった。
「ボール！」
もちろん、１部リーグの享和大学がその情報を見逃すはずがなく、初球は際どいコースのボール球から入ってきた。
（それはこっちも、想定していたとおりだ）
初球打ちが多いとは言ったが、遮二無二それを狙っているわけではない。投げ損じの甘い球が最初に来たのであれば、容赦なくそれを叩いてきたという結果である。
「ボール！！」
だから、手を出せば凡打になるであろうボールには、手を出さない。彼が凡打に倒れた時は、予想以上の甘い球や、余りに予想通りの球が来たときに生じる多少の力みが、そのまま打ち損じに繋がった場合がほとんどだった。
「ボール！！！」
したがって、際どいコースで吊りだそうという相手バッテリーの目論見は、外れていたのである。
「ボール！！！！ フォアボール！」
岡崎は一度もバットを振らずに、出塁を決めた。
「………」
２番打者の栄村が打席に入る。既に彼は、バントの構えをしていた。
もちろんそれは、フェイクである。
「！」
その初球に、岡崎はスチールを敢行した。バントの構えをしていた栄村は、バットを引くと、岡崎の走塁を助けるように、ボールに当たらないようにスイングをして、捕手の視界を狭めて見せた。
「セーフ！」
ワンテンポ、二塁への送球が遅れた時点で、岡崎の盗塁は完全に決まっていた。
「アウト！」
そして栄村は、ここで送りバントを決めた。一死・二塁にするのではなく、一死・三塁にすることこそが、彼の仕事だったのである。得点するための絶好の機会を、クリーンアップに託すために。
「よっしゃ！」
３番の雄太が左打席に入った。当然だが、スクイズはない。
「ボール！」
ないとわかっていながら、どうしてもボールを外してしまうのは、バッテリーがいささか浮き足立っている証であろう。先頭打者にストレートの四球を与えてしまったことが、大きなミスとなって彼らを苦しめていた。
余裕を失った投球は、概して甘いところにボールを“置き”にいってしまう。
「！」
カーブが真ん中よりのコースに入ってきた。もちろんそれを雄太は逃さず、シュアなスイングでタイミングを合わせ、ミートの手応えが生まれた瞬間に、バットのヘッドを強く振り抜いていた。雄太の柔らかい手首が成せる、技術の高いバッティングである。
キンッ！
鋭い打球が、センター前に抜けた。鮮やかなセンター返しの一撃だった。
それを確かめた岡崎は、悠々とホームに還ってきた。
「キャプテン、ナイスバッティング！」
一年前を髣髴とさせる、鮮やかな先制点だった。
「………」
しかし、一年前と違うのは、４番に大和が入っていることである。
キィンッッ！！
「おぉっ！！」
相手バッテリーが勝負をしてきたことは敬意に値する。だが、大和が２部リーグで残してきた実績を過小評価しているとしか思えないような、内角への甘い初球だった。
摺り足でタイミングを取り、引き絞っていた体中のバネを一気に弾かせて、“一閃”という言葉がふさわしいほどにバットが鋭く振り抜かれた時、ボールは既に空へと高く舞い上がって、追いかける間もなくスタンドに消えていった。
「………」
見るものを唖然とさせる、アーティスティックな本塁打であった。
「大和、ナイスホームラン！」
雄太が先にホームベースを踏み、それを追いかけるように大和もまた還って来る。それを出迎える桜子の瞳は、とても美しいものを見たという感動に彩られ、キラキラと輝いていた。
興奮すら感じて打席に入る桜子。
「！」
その初球を打ち放った彼女の打球は、とある野球漫画であるような“ドグラガキャアアン”という効果音を当てはめたいくらいに、強烈なスイングによって放たれた。
「ファウル！」
ただ惜しいかな、その弾丸ライナーは、左翼ポールのわずかに外を通過していった。
「………」
この打席について、桜子を敬遠気味で歩かることになった相手バッテリーには同情を禁じえない。それほどに衝撃的な、桜子のスイングと弾道であった。