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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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小鳥の里-11


「ミズナギたちに任せるしかないんだな」

 任せておいて大丈夫だろう、とハヅルは思った。
 四頭家のどこの家でもそうだが、本家大事はほとんど分家の本能のようなものだ。頭領が命じるまでもなく、命に換えてもという気概をもって治療に臨んでいるのは間違いない。

「ゆっくり療養すればいい。アイサのやつも役目はちゃんと果たすはずだ。果たすように、私がちゃんと見ておくから」

 アハトを安心させてやるつもりの一言だったのだが、アイサの名に彼はなぜか嫌そうな顔であさっての方向を向いた。
 素直に頼むと言えばよいものを、不機嫌な声でぼそりと吐き捨てる。

「あんなやつ、どうでもいい……」

「お前、さっきと言っていることが違うぞ」

 呆れ声を上げたハヅルをよそに、彼はさらに低く呟いた。

「……重い」

「なんだと」

 聞き捨てならぬとハヅルが反応すると、彼は不意に、がしりと彼女の腕をつかんだ。

「いつまで上に乗ってるつもりだ」

「え? わあっ」

 腕を引き倒され、仰向けにアハトの体の下に巻き込まれる。

 立ち位置が逆転した驚きが去ってから、ハヅルは眉をひそめた。こんな乱暴なやり方は彼らしくない。

「おい、本当に大丈夫……」

 心配になって、彼女はアハトの顔に手を伸ばした。
 彼は息苦しそうに顔をゆがませた。ハヅルの顔の横について身体を支えていた両腕が小刻みに震える。

「……だめだ」

「?」

 低い呟きとともに、アハトはどさりと倒れこんだ。

 ハヅルの上に。

「あっ、こらどこを触って、」

 力なく覆いかぶさってくるアハトをハヅルは反射的に突き飛ばそうとして……躊躇してしまった。
 首元に落ちてきた彼の額が、あまりに熱かったためだ。

「ひどい熱……」

 彼女は思わず、彼の頭に手を添えた。 

「……前にもこんなこと、あったな」

 奇妙な既視感があって、そうつぶやいた。

「お前が風邪ひいて、看病してたミズナギが出かけてて」

 どんな状況だったのかと、ハヅルは記憶をたどった。

「確か、飛行訓練を始めたばかりの頃だった。まだうまく飛べなくて、東の森の池に突っ込んだんだ」

 語るうちに記憶は次々とよみがえってきた。思い起こすとなつかしい。

「二人して落ちたんだったか。冬の池に落ちて、羽根はぬれて飛べないし、力もまだ使えないし、もう死ぬかと思った」

「落ちたのは、お前だけだ」

 ひゅ、と空気音の混じる、苦しいのを無理に絞り出したような声で、アハトはわざわざ訂正した。

「お前が落ちたのを……俺が、助けたんだろ」

「そうだったか?」

 ハヅルは首をひねった。なにしろ幼い日のことで、詳細はよく覚えていないのだ。

「私……そうだった、お前に謝らないとと思って……うちを抜け出して、この家に来たんだった」

 その頃には熱は下がっていたものの全身の倦怠感は抜けておらず、東の果てのケイイルの屋敷まで飛ぶのにずいぶん時間がかかったものだ。
 休み休み、やっとの思いでたどり着いたこの家で、同じように正面玄関は通らず、一番近い中庭から直接この当主の閨まで入り込んだ。
 広い座敷の真ん中に、大きな布団にうずもれるように、小さなアハトが眠っていた。

「ミズナギは出かけてて、お前は一人で寝てた」

 だから、ハヅルは祖父が彼女にしてくれていたように、眠っているアハトの手を握ってやったのだ。
 彼の苦しげな呼吸が、そのとき少し安らかなものに変わったのを覚えている。
 自身も病み上がりだったこともあって、彼女はそのまま寝てしまった。
 買い出しから戻ってきたミズナギが見つけるまで、二人は手をつないだまま眠りこけていたのだ。
 ハヅルが姿を消して、シアの屋敷が大騒ぎになっていたことは後から知らされた。

「すっかり忘れてたなあ」

 なつかしさにしみじみと言った彼女の耳に、アハトのかすかな低い声が聞こえた。

「……ない、」

「何か言ったか?」

「俺は、忘れていない」

 何を言いたいのかと、ハヅルは耳を澄ました。

「……目を開けたら、お前がいて……」

 声はますます低く、平坦で、彼女に聞かせているというよりはひとりごとに近かった。

「ずっと覚えている……あのとき、決めたんだ、俺は……」

 消えていく語尾がよく聞き取れず、彼女は首をかしげた。

「決めた? 何を?」

「……ハヅル」

 返ってきたのは問いの答えではなく、呟きのような彼女の名だった。
 それきり、アハトは苦しげな寝息を洩らして寝入ってしまっていた。


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