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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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小鳥の里-10


 ミズナギの作った夕食を食べて、満面の笑顔で去っていく彼女を見送った後、ハヅルはすることもなくケイイルの屋敷を散策していた。
 当のアハトは夕食の時間もよく眠っていて、あれから一度も目を覚まさない。
 深く眠れたのは久々のことだとかで、ミズナギは少し安心したようだった。
 一応、起きたら粥を温めて食べさせてやれとの指令は受けたが、どうも必要なさそうだ。
 ちょうどそう考えているときに、寝所の方から小さなうめきが耳に入った。続いてくしゃみと咳込みが連続する。
 目を覚ましたかとハヅルが駆け込む間も咳が止まらず、彼女は不安を覚えながら寝所の襖を開いた。

 うつ伏せて苦しげに咳き込んでいたアハトが、目を瞠って彼女を見た。

「何、でまだいる、んだ」

「ミズナギが用事があるから居てくれって……おい、大丈夫なのか」

 駆け寄って背中をさすってやろうとしたハヅルの手を、アハトは勢いよくはねのけた。乱暴なしぐさに、ハヅルは驚いて言葉を失った。

「な、」

「くそ、ミズナギのやつ……」

 布団に突っ伏しながら低く悪態を吐くアハトに、ハヅルはあきれた。

「そんな調子じゃ、ミズナギが心配するのも当たり前だぞ。何か要るか? 水か?」

「早く、帰れと……言っただろうが」

 親切で居てやっているのに邪魔扱いされて、ハヅルもいい加減にむっとしてきていた。
 彼女は口をとがらせて苦言を呈した。

「お前な、こっちは心配してるんだぞ。体調が悪いからって八つ当たりはやめろ。子供じゃあるまいし」

「八つ当たり……」

 アハトは反省する様子もなく反抗的に顔を上げて何か言い返そうとした。
 が、単語の合間に激しく咳き込み、空気音混じりの声は聞き取りづらい。

「したくないから帰れと……」

 ハヅルは彼が言い終わるのを待たなかった。

「いいから黙ってろ。人を追い返すためにわざわざ体力消耗してどうするんだ」

 苦しげに胸をおさえながら声を絞り出すのを制止して、ハヅルは枕元の水差しに手を伸ばした。湯呑みに注いで、飲ませてやろうとアハトに寄り添う。
 そこで、彼女ははたと止まった。

 アハトは彼女の視線を反射的に追いかけた。そして、寝乱れてはだけた衿元を慌てて直そうとした。
 だがハヅルは、彼の胸元……みぞおちのあたりにある何かを見逃さなかった。
 彼女はアハトを仰向けに押し倒すと、馬乗りになって押さえつけ、衿をぐいと開いた。

 アハトは転がされてめまいを起こしたようで、しばらく目を閉じて動かなかった。
 ただ、弱々しく抗議の声だけを上げた。

「ハヅル、お前な……」

「これ……何だ?」

 ハヅルはおずおずと、みぞおちの黒っぽく変色した痣に触れた。細い指先が触れると、アハトは何かに耐えるように頬をゆがめた。

「王子が言っていた。王子に撃ち込まれそうになったの、これか?」

「……聞いたのか」

 なぜ言わなかった、と問い詰めたいのを彼女は堪えた。

「これのせい……なのか?」

「そうらしい。刺さった武具から、未知の病毒が検出された」

 武器に何かが塗られていた事実は南風之宮のすぐ後に判ったが、何の異常もなかったのでアハト自身もほとんど忘れかけていたと彼は短く説明した。
 正体は不明のままだが、ツミと人間では作用する病原体が違うことの方が多い。
 王子を狙った毒が、ツミのアハトには効かなかったのだ、と結論づけたところだったのだ。

「何の兆候もなかったのに、三日前にいきなりだ」

 アハトは忌々しげに言い捨てた。

「潜伏期間が長かったのか……毒が弱かったんだな。大したことなくてよかった」

 彼の症状は、見る限り少し重い風邪といった程度だ。命を奪いに来た敵に撃たれた結果がそれならば、軽微な被害で済んだと喜ぶべきだろう。
 ――と、ハヅルは考えたのだが、苦しんでいる当人を前に言うことではない。
 案の定、アハトは不快そうに顔をしかめた。

「俺だからこの程度で、済んでいるんだ。王子や姫に当たったらどうなっていたか」

 確かに、ツミの強い身体にここまで影響する毒ならば、人間ではひとたまりもなかっただろう。

「未知の病毒……と言ったな? 解毒できないのか?」

「何のために里にいると思ってる」

「あ」

 ハヅルは顔を上げた。

「じゃあミズナギとヒヨが?」

 ケイイルの家系には傷病の治療など細密な術を得意とするものが多い。当主のアハト自身も優れた治療術の使い手だ。
 自然、近い傍系であるミズナギとヒヨも里有数の使い手なので、この役には最適だった。

 シアやナオイは正反対に、破壊力重視のどかんと大規模な術を得意としている。その例に漏れず、ハヅルも治療の術はあまり得意ではない。

 病巣を探って取り除いたり、血管や神経を傷つけずに傷をふさいだり、血液や内臓の正常な働きを再現するには、とても精密な力の使い方をしなければならない。
 それも、異なる方向性を持つ力を、何種も同時に制御する必要があるのだ。

 その治療の術の中でも、毒物を解毒したり病毒を無力化するのは、怪我を修復するのに比べて格段に難しい。
 風邪を完全に治すよりも、大きな傷をふさいだり砕けた骨をつなげる方が力の使い方という点ではずっと単純だ。

 未知の病原によるものとなれば、ケイイルの傍系の力のある者が集まっても治療には時間がかかるだろう。
 それでも王都にいるよりは早いはずだ。使用人の多いナオイやシアの家の世話になりたがらなかったのも、ケイイルの身内が出入りするのに、本家にいる方が都合がよいという理由もあったのだろう。


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