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ガラス細工の青い春
【純愛 恋愛小説】

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15-2

 富山と並んで後輩を引き連れ、学内をランニングしていた時だった。
 昇降口の辺りに二年生の不良が数人座っているのが見えた。嫌な予感がするが、そこを通らないわけにはいかない。
「おい、お前」
 向けられた視線の先が自分だと瞬時に分かり、足を止める。他の部員もそれに釣られて足を止めた。声を掛けてきたのが二年の生徒だという事が分かると、一年生は如実に後ずさりをする。
「何」
 訝し気な顔で睨みつける清香に向かい、一人が立ち上がって虚勢を張った。
「てめぇ、川辺さんになめた口きいてんじゃねぇぞ、ボコるぞ」
 無視して走り出そうとした刹那に「清香!」と声がして、そちらに顔を向けた瞬間、何かが顔面を直撃した。大きさの割に重さがないそれは、鞄だった。
「ちょっとそれ、持ってて」
 優斗がその場にしゃがみ、靴ひもを直している。靴ひもが解けていた訳ではないのは何となく分かっている。下級生の不良どもに絡まれている清香を見つけたから、助けにきたのだという事が明白過ぎて、胸の奥が苦しくなる。
 足元から顔を上げ、二年の不良が座る所へつかつかと歩いて行った優斗は、その中の一人の胸ぐらを掴み「あの人は俺の大事なお友達なの」と子供に言い聞かせるように言う。
「川辺が何て言ったか知らねぇけど、俺と雅樹にボコられたくなかったら、あの人には手を出さない事。意地悪しない事。分かりましたか」
 うっす、と低い声が響くのを聞いて富山が「清香、行こう」と言う。清香は「一周パス」と言って隊列から抜け、優斗のワイシャツのまくり上げられた袖を掴むと、少し離れた所に引っ張って行った。
「放っておいていいのに、咲達と優斗達が一悶着あったらどうすんの」
 肩の辺りをバシッと叩くと、優斗は鞄を肩に掛けて「関係ない」と放った。
「あいつらがやってる事は嫌がらせだ。俺はヤンキーかもしんねぇけど、あいつらみたいに人にいやがらせはしない。雅樹もそうだし。あんなのは女の腐ったような奴がやる事だぞ」
 強い調子で言ったと思えば「な」と笑顔を見せる。清香は眉根を寄せ「うん」と困ったような笑みを浮かべる。
「何でそんなに優しいかなぁ。私の事なんて放っておいていいよ。もう誰の事も怖くないし、実際あの二年坊主が私の事をボコるなんて思ってないし、もう大丈夫だよ、気を遣ってくれなくても」
 それまでに見せていた笑顔を少しずつ曇らせて、清香が話し終わる頃には完全に俯いてしまった優斗は、そのまま黙ってしまった。
「優斗?」
 顔を覗き込むように声を掛けると、優斗の口からはあまり聞かないくぐもった声が聞こえる。
「優しい、優しいって、清香は鈍感なんだよ」
「へ?」
「優しいだけで、困ってる人がいるからって、休み時間の度に隣の教室に行ったりすると思うか? そんな事してたら身がモタねぇよ。便利屋じゃねぇんだから。俺が優しくしてんのは、あんた一人なんだよ。あんたに会いたくて教室まで行ってんの」
 そう言うと鞄を乱暴に背中に乗せて、門に向かって歩いて行った。

 鈍感だ。私は鈍感だった。初めから優しかった優斗は、優しいのが基本形なのだと当たり前の事のように思っていた。皆に優しい優斗なのだと信じて疑わなかった。自分にだけ特別に優しさを向けているなんて、そんなおごった気持ちは持っていなかった。
 清香の事を守るために頻繁に清香の教室に顔を出していた事は、自分に向けられた「特別」なのだと今更気付く。富山に様子を聞いていた事も「特別」だったのだと。胸の奥がずんと痛み、立っていられなくなる。
 否、目を背けていただけなのかも知れない。優斗の「特別」を認めてしまったら、彼に依存し離れられなくなる自分が怖かった。だから見て見ぬフリをした。このまま距離感を縮めなければ、関係にひびが入る事などないと、差し伸べられた手を無意識に振り払っていたのだ。押し隠していた感情が、溢れ出る。
 その場にしゃがみ込み、流れてくる涙を抑えようと必死でTシャツに押し付ける。遠ざかって行く白い背中が涙で滲み、そのうち見えなくなる。
「清香?」
 先に回ってて、と後輩に声を掛け、しゃがみ込む清香の背中を擦りながら富山は「何かされた?」と気遣いを見せる。
「優しくされた」
「へ?」
 素っ頓狂な声に、清香は泣きながら笑い、「私って鈍感だよね」と言って立ち上がり、涙を拭きながら後輩達を追って走り出した。


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