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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第5話-9

珍しく、英里は怯えていた。怖くて目を合わせられない。
自分はやましい事など何もしていない、そう思っているのに、彼の逆鱗に触れてしまったのを見ると、実は許されない過ちを犯してしまったのではないかとの不安が募る。
「いえ、その…先生と付き合ってるって知られるのは…」
「俺が教師だなんて向こうから見たらわかんねぇだろ」
自然と、口調が荒っぽくなっていく自分に気付きながらも、圭輔にはそれを直す余裕がなかった。
英里の前では出さないようにしている激情な自分が、今は前面に出ていて、抑えられない。
本当は、こんな事を問い詰めたいのではない。
あの男は誰で、彼女とどんな関係なのか。
他の男を近づけたくないという、ちっぽけな嫉妬心。
しかし、その小さな歪みが、普段の自分をいとも簡単に崩してしまい、軸を狂わせていく。
圭輔は壁に手を付いて、英里の顔を見下ろす。
彼女の肩が小さく震えた。
さっきよりもより至近距離に彼の顔があり、その迫力に慄いてしまう。
「俺が、彼氏って知られたらまずい事でもあんの?」
「ないですけど、恥ずかしくてつい咄嗟に…」
圭輔に睨まれたまま、英里はしどろもどろに答える。
「俺は、英里が付き合ってて恥ずかしいような男なんだ」
「違う!」
間髪いれず、英里はその言葉を否定した。完全に誤解されている。
「圭輔さんは私には勿体無い位だから…釣り合ってないって思われるのが恥ずかしくて言えなかったんです…」
「そんな嘘、信じられるわけ…」
「嘘じゃないです!」
また、涙が溢れてきた。視界が曇って、圭輔の顔はよく見えない。
きっと、今までに見た事がない程、自分を軽蔑するような眼差しを向けているのだろう。
会いたくてたまらなかった人に会えたのに、このまま喧嘩別れなんてしたくはない。
もう以前のように頻繁に会える訳ではないのに、そんな事になってしまったらもうそのまま関係が壊れてしまうかもしれない。
強く拳を握った、その手が震えていた。
そんな英里の様子を見下ろしながら、圭輔には彼女の言葉が俄かに信じられなかった。
あの男がただの友達ならば、堂々と付き合っていると言えば良かった。
彼氏の存在を仄めかすだけで、牽制する事ができるのに、それをしなかった英里も、あの男に気があるのではないかなど邪推してしまう。
仮に、英里の言う事が本当だとしても…
「釣り合うとか釣り合わないとか、そんな事ばっか気になるんだな」
冷たい声で圭輔は言い返す。
「だって…」
圭輔の足を引っ張るような存在のままではいたくないのに、実際の自分はまだまだ何も出来ない子どもで、何の支えにもなってあげる事ができていない。
教師と生徒という関係からして、異性と付き合った経験など皆無の彼女にとっては身の丈の合わない恋愛だった。
何が良くて何が悪いのか、男女間の機微について全くわからないのでいつも手探り状態だ。
それで、付き合っているという自信など持てるわけがないではないか。
―――言われっぱなしのままではいけない。
それは即ち、彼の言葉を全て肯定する事になってしまう。
しかし、すっかり萎縮してしまった英里は、上手く言葉が継げない。
「それに、会いたい時は会いたいってもっと主張すればいいだろ」
「それは…!」
私は仕事の邪魔をしないように気を遣って…心の中の叫びが、彼の雰囲気に圧されて声にならない。
自分なりに気遣っていたつもりだったのに、どうして疑うような、そんな冷たい瞳で見つめるのか。
辛辣な言葉が、どんどんと英里の内の暗い部分に積み重なっていく。
圭輔は大きく溜息を吐くと、
「俺の顔色窺いながら付き合うのって、しんどくない?」
自身の内での葛藤を続けていた彼女にとって、追い討ちともいえる一言だった。
その瞬間、英里の胸の奥で何かが弾けた。
怒りとも哀しみとも違う、やりきれない思いが全身を駆け巡った直後、巨大な虚脱感が襲い掛かる。
「…もういい…っ!」
搾り出すような声で、気が付けば彼女はそう叫んでいた。
吐き気にも似た感覚を味わいながら、英里は自分の思いが全く彼に伝わらない事に絶望を感じる。
目の端に溜まっていた涙が決壊した堰のようにとめどなく溢れて、頬を濡らす。
英里が立ち去ろうとしても、圭輔は引きとめようとしない。
血の気が失せる程、強く唇を噛んでいるのみだ。
そんな圭輔の態度がますます英里を激昂させた。
「そんなに、私の事信じられないなら…もういいです…」
憤りを必死に押し殺したような声で呟くと、英里はその場を離れた。


(嫌い、嫌い、大っ嫌い…!)
英里は頬を伝う涙も気にせず、自室のベッドに仰臥し、天井を眺めていた。
体内を渦巻く煮え滾るような怒りのせいで、ぐらぐらと視界が歪む。
彼に対して、こんなに憎しみを抱いたのは初めてだった。
些細な事であんなに怒るなんて、自分の思いを信じてくれていない証拠だ。
無理して付き合っているなどと思われている位なら、もう別れてもいい。
それが、彼のためでもある。
怒りが頂点に達すると、今度は逆に言い様のない哀しみが彼女を襲う。
付き合い始めた頃から、いつも心のどこかで感じていた不安。
それが見事に的中した。
すれ違ってばかりで空回り。
(…やっぱり、私なんかじゃだめだ。圭輔さんには相応しくない)
そう思い込んで、英里はまた両目に溢れる涙を止められなくなった。
もう、別れよう。
すっかり自暴自棄な気持ちになっている彼女は、そんな風に思っていた。


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