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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第5話-14

「もう辛いよ。いっそ別れて、離れた所から見守ってる方が、楽になれるかな…?」
諦めにも似た表情を浮かべて呟いたその一言、さすがに寝たふりをしたままではいられなかった。
圭輔は思わず目を開いて、唇に触れている方の英里の手を掴む。
「英里…」
暗闇の中で突然手を掴まれて、英里は心臓が飛び上がるかのような心地がした。
「あの、起き…て…」
英里の声が震える。
暗い室内ではわからないが、顔面が蒼白になる程、心中ではうろたえていた。
まさかさっきまでの独り言を全部聞かれていたのだろうか。
突然の事態に、完全に頭の中がパニック状態で、正確な判断が下せない。
どうしよう、どうすれば…ドクンドクンと、心臓の音がいやに大きく響いて聞こえ、その鼓動がますます彼女にプレッシャーを与える。
体を起こした圭輔は、じっと英里の顔を見つめている。
彼の表情が明瞭でない分、感情が読めずに英里の不安はますます煽られる。
圭輔が口を開こうとした瞬間、結局頭の中の考えがまとまらなかった英里は、とりあえずこの空間から逃れたい一心で思いっきり彼を突き飛ばしてしまった。
突然の英里の行動に驚いて、さすがに圭輔も少しよろめく。
その隙に立ち上がろうとするが、また手首を掴まれてあっさり捕らえられてしまう。
ちからいっぱい振り解こうとしても、かなり強く掴まれていて逃れられない。
焦りで、英里の額に汗が浮かぶ。早く、ここから離れないと。彼女がもがけばもがく程、彼も力を込めてくる。
「英里!待っ…」
一際大きく圭輔の声が聞こえた瞬間、びくりと、英里の体が震える。
…今度は、何を言われるんだろう。これ以上、傷口を拡げないで。
怖い。その思いが今の狼狽した彼女を満たしていた。
「いやっ、離して!何も聞きたくない!」
もうこれ以上彼の言葉で傷付きたくない。好きだからこそ、言葉が強い力を持ち、堪えるのだ。
既に鋭く尖った言葉の楔を打ち込まれている状態。
さらに奥深く突き刺されてしまえば、思っていたより脆い自分はきっと立ち直れなくなってしまう。
今や両手を掴まれていて、逃げられる可能性は限りなく低いが、英里は必死に身を捩る。
圭輔の方も、彼女を離すわけにはいかない。渾身の力で、英里の体を抱き寄せる。
そして、抱きすくめられた後も激しく抵抗を続ける英里の唇を無理矢理塞いだ。
ガチッと、歯が当たる鈍い音が響いたと同時に彼の唇に痛みが走ったが、構わず彼女の唇に、唇を強く押し当てる。息苦しい程、乱暴な口付け。
「んんっ…!」
堅く引き結んだ唇をこじ開け、舌を入れられると、抵抗も空しく、英里の力が徐々に抜けていく。
圭輔は舌を出して息継ぎをすると、また差し込んで彼女の舌に自分の舌を絡める。
ほんの少しの鉄錆のような味。頭がおかしくなりそうな口付け。
こうなってしまえば、もう彼女は完全に圭輔に堕ちてしまった。
…これは、まるで暴力だ。
無理矢理奪われ、押さえつけられて、有無を言わさず従わされてしまう。
力づくで口腔内を蹂躙される快感に陶酔している自分を頭の中では拒否しながらも、英里の舌は彼の求めに素直に応じた。
互いの唾液が淫らに、唇のまわりを汚す。
唇を離す度に漏れる荒い息遣いと、唇を求めている時に生じる粘着質な音が混ざり合う。
抱き締めている彼の腕を跳ね除けようと、添えられていた彼女の手も、今は力なく下がっている。
もう、唇から全て奪いつくされたかのように、抵抗する気力は残されていなかった。
突然のキスに、それまで彼女が抱いていた感情も思いも、全て蕩けさせられてしまった。
英里の変化を感じ取った圭輔は、段々と軽いキスに変えていく。
唇に軽く触れる位のキスを何度も繰り返す。
「はぁ…」
ようやく、長く一息吐く。
圭輔は少し血が滲んでいる唇をぐっと手の甲で拭った後、すっかり茫然自失の英里を軽々と抱き上げてソファの上に降ろした。彼女の長い髪が、ふわりと舞う。
英里はまだ呼吸が落ち着かず、荒く肩で息をしたまま、覆い被さっている圭輔の顔をぼんやりと見上げた。
天地がひっくり返ったかのような感覚。一体、何が起こったのだろう。
「頼むから、逃げないで…」
あんなに聞くのを恐れていた圭輔の声が、ひどく優しく鼓膜へと伝わる。
英里はわけのわからない状態のまま、こくりと無言で頷いた。
「…さっきの事、本気なのか…?俺は、英里と別れるなんて…嫌だ…」
彼の表情が切なく歪んでいる。
英里はそっと指を伸ばすと、また血が滲み始めた彼の唇に触れる。
温かい、彼の血を指で拭うと、
「…嘘ですよ。私は貴方が好きです。少し会えただけで、すごく幸せな気分になれる位…」
弱気になり、つい口を衝いて出た一言に、こんなにも反応してくれた。
それが、英里には嬉しかった。
「私が愛してるのは、圭輔さんだけです。…私の事、信じてくれますか?」
圭輔も無言で頷くと、英里は淡く微笑んだ。
体を起こして、今度は唇を近づけ、舌先で傷口にそっと触れる。彼の血の味が伝わる。
その英里の仕種と言葉に、圭輔の胸の奥がざわめく。
彼女にもっと触れたい衝動を抑えきれず、口付けようとすると、
「それよりも、最近ちゃんと休んでるんですか?」
「え?いや、その…」
寸止めするかのように、いきなり英里が話題を変えたので、圭輔は少しばつが悪そうに言葉を濁す。
「私、圭輔さんが倒れた時、心臓が潰れそうになる位びっくりしたんですよ…?」
「…ごめん…」
英里は優しく微笑みながら、もう一度圭輔の頭を自分の胸元に抱き寄せる。
「ね、今はもうゆっくり休んで下さい。もし眠れないのなら、今夜は私がずっと側にいますから…」
「英里…」
「おやすみなさい」
最後に、もう一度圭輔の唇に口付けると、英里は目を瞑った。
まだ何か言いたげな彼は、腑に落ちない表情を浮かべながらも、素直に瞳を閉じた。


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