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愛しい体温
【純愛 恋愛小説】

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-1

 電車に一本乗り遅れた。十九時に間に合うよう、駅から走る。後ろから、同じように走る足音がした。お互い急いでいるのか、そんな風に思いながら、園に到着した。後ろの足音も、ピタリと止まる。
 振り返ったそこにいたのは、私と同年代ぐらいの男性で、スーツを着ていた。園の門の中に入ってきて初めて、保護者なのだと分かった。
「あ、こんばんは」
「どうも、風間です」
 ああ、あの下駄箱の。私は引き戸を開け、いつも通り「こんばんはー」と中に入る。珍しい事に、莉子と男の子が二人で絵本を見ながら遊んでいた。
「パパー!」
 男の子はお父さんの所まで走ってきて、途中でつまづいて派手に転んだけれど、お構い無しにお父さんにしがみついている。
 莉子はそれを横目に支度を始めている。お友達のお父さんがお迎えに来るというのは、父親がいない莉子はどういう心境になるのだろうか。
「莉子ちゃん、一緒に帰ろうよ」
 彼はそう言い、支度を始めた。自分で支度をしている所をみると、同じ年ぐらいなのだろう。私も、風間さんも、二人が支度をする姿を、下駄箱の横で見守った。
 私は風間さんに顔を向けて「しゅうと君、ですか? あきひと君ですか?」と尋ねると、目を細めた笑顔で「あきとです。風間あきとです」と言ってフンワリ笑った。引き込まれる笑顔だった。誰かに似ている。
 下駄箱に書かれた文字を目で追いながら「かざまあきと君、ですか。漢字は簡単なのに、読み方に迷っちゃいました」と言い、風間さんに視線をやる。
 靴が入っている靴箱は二つしかない。ピンク色の靴が入っている箱を見て「守山りこちゃん、でいいんですかね?」と名前を見て言う。
「はい。よろしくお願いします」
 頭をぺこりと下げると「こちらこそ」と笑みを浮かべたまま風間さんは頭を下げた。

 子供と手を繋いで外へ出ると、梅雨前の生ぬるい風が頬を掠めて行った。
「どちらから帰られますか?」
 莉子は、秋人くんと私の二人と手を繋いでいる。
「地下鉄に乗るんです」
 私の家は地下鉄の駅から歩いた所にある。商店街のアーケードから地下鉄の駅まで、一緒に歩いて帰る事になった。
 子供達は二人で手を繋いで、同世代間の会話を楽しんでいる様子だった。
「どちらから通われてるんですか?」
 話す事に詰まって、当たり障りのない話を振った。風間さんは私の方をチラと向き、それから正面に向き直った。
「三駅先の青葉台です。青葉台のあたりの保育園に申し込んだんですけど全滅で、ここまで通ってるんですよ。守山さんは?」
 莉子と秋人君はずっと手を繋いだままだ。幼い頃なんてあんなもんだったか。
「すぐそこ、地下鉄の駅から歩いたとこに住んでるんです」
 感心した様子の風間さんが口を開く。
「へぇ、近くていいなあ。よくこんないいところに入れましたね」
 言うべきか迷った挙句「母子家庭なんで」と言うと、流石に面食らったような顔をして「あぁ、それで」と納得していた。
 地下鉄の入り口に着くと「ほら、莉子ちゃんとママにバイバイしなさい」と風間さんが腰を屈めて秋人君の顔に近づくと、先に莉子が「あきとくんとパパ、バイバイ」と言って手を左右にぎこちなく振った。秋人君も同じ事を言い返す。
「じゃあ」
 大人達は割合そっけない態度でお互いの帰る道に入って行った。

「秋人君とは仲良しになれそう?」
 夕飯を突きながら訊くと、大袈裟な程に頭を縦に振る。
「さいごまでおのこりするの、あきとくんと、りこだけだからね」
 その言葉に少しの後ろめたさを感じながら、「仲間が出来て良かったじゃん」と言うと、莉子は二カッと笑う。血のつながりか。笑うとあの人に少し、似ている気がする。


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