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愛しい体温
【純愛 恋愛小説】

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-1

 待機児童の多い市内でも激戦区で、うちの娘が保育園に入る事ができたのは、我が家が母子家庭であるからに他ならない。
 第一希望、父母会もなく小規模な保育園を選び、そこに入園が決まったのは、娘が生後半年を迎える頃だった。私は職場復帰し、フルタイム勤務。十九時の閉園ギリギリに駆け込みでお迎えに行く毎日が、四年、続いている。
 娘は一日の大半を保育園で過ごし、私が教えなくてもトイレを覚え、お箸を覚え、最近は平仮名がブームらしい。

 父母会がないのは気楽で良い。同僚でワーキングマザーをしている人達は皆、土曜に父母会の集まりがあるとかと、ボヤいている。私は年に一度の遠足だけ参加すれば、あとは保育園にお任せでいられる。
 逆にいうと、所謂ママ友という人間関係が築き難いという欠点はある。が、私は職場のワーキングマザー達と話せれば、それで十分だった。

「こんばんは」
 子供が勝手に出入りしないようにわざと重くしてある引き戸を開き、顔から先に差し込む。娘は二カッと笑い、遊んでいた魔女っ子の変身グッズを私に向けた。
「お帰りなさーい」
 先生がエプロン姿で出迎えてくれる。「今日はお弁当が一つ、余ったんですよ。良かったら持って帰ってください」そう言われて手渡されたお弁当は冷蔵庫に入っていたのか少し冷たくて、「ありがとうございます」と言って鞄の横に置いた。こういう事が、時々ある。
「新しく入園した男の子が、入園早々風邪をひいちゃって。一つ余ったんですよ」
 お弁当を注文する時間と欠席を知らせる電話のタイミングがきっと合わなかったのだ。
「有難くいただきます」
 そう笑顔を向けて、帰り支度をする娘に目をやる。何もかも自分で出来るようになった。保育園様様だ。
 靴箱から、娘が靴を出す。ふと目を遣ると、隣の箱に、真新しい名前シールが貼られていた。
「風間秋人」そう書かれている。あきひと、しゅうと、あきと、何て読むんだろう。最近の子供の名前は難しい。
「じゃあ莉子、ご挨拶して」
 莉子は決められた形式で帰りの挨拶をし、私と手を繋いで商店街のアーケードに入った。
「きょうはおべんとうがあるから、ママはゆうはん、らくチンだね」
 そんな事を言うようになった娘に「よく分かってるじゃん」と言い、頭をくしゃくしゃに撫でる。くすぐったそうに甲高い声で笑う。
 自分にはお父さんがいない。その事に気付いている。でも、それを疑問として口に出さないのは、彼女なりの気遣いなのか、それともただ単に、事実を受け入れているだけなのか。あえて問うてみようとは思わない。
「ママはなにをたべるの?」
「昨日の残りの野菜炒めかなー」
 そう言って繋いだ手を大きく振ると「のこりもので、かわいそうだね」なんて言う。
 四歳半って、こんなに語彙が充実してるんだ、と驚く。

 元夫と生活していた2DKの賃貸マンションに到着すると「わたしがでんきつける」と言って、一つ一つの電気を娘がつけて行く。
「洗濯物、出しちゃってからテレビね」
「はーい」
 いつものやり取り。彼女がテレビを観ている間に、私は夕飯の支度をする。今日は楽だ。全て電子レンジで済んでしまう。

「それでは、いただきます」
 手を合わせてご飯を食べるのも、保育園で習った事だから、私も真似して手を合わせる。
 食事中は彼女が保育園で何をしたか、何があったかを話すのが中心で、私の職場で起きた騒動や、イライラした事などをぶつける相手はこの家にはいない。それは当然の事なのだけれど。
 食器を洗浄機に入れて、風呂に入る。そこでも、園であった出来事をひたすら聞く。女の子は本当にお喋りなのだ。私も、そうだったのだろうか。
 眠りに就くのは二十二時ぐらいで、私は零時を回った頃にやっと意識が途切れる。独り身になってから、睡眠薬が欠かせなくなってしまった。

 翌朝は五時に起きて洗濯をし、七時半には子供を保育園に預ける。初めのうちは私から離れるとよく泣いていたものだが、今じゃ私がいてもいなくても同じとばかりに、「せんせー、きょうもステッキつかいたい」と私の存在は完全に無視だ。まぁ、ある意味助かる。


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