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時は動き出した
【大人 恋愛小説】

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-1

 電気が消えた。遮光カーテンが閉じられている部屋の中は、幾つかの家電製品のスイッチ以外は漆黒の闇だった。今の所眠りにつける気がしない。私は見えない天井を見つめていた。
「なあ、恵。一生のお願いって、何回までアリだと思う?」
 突然の話で「え、普通一回じゃないの?」と答えたが、正しかったんだろうか。
「俺は今まで、誰かに一生のお願いを使った事がない。それを今、使いたいんだ。贅沢な事に、後一回、使える様に、一生のお願いは二回にしたいんだ」
 なぜ私に許しを乞うのか分からないし、言う事がまるで子供だなと思いつつ「何、一生のお願いって」と含み笑いをしながら訊いた。
「馬鹿にしないでよ。あのさ、手をさ、繋いで寝てくれないかな」
 余りにも可愛らしいお願いに拍子抜けした。それでも彼にとっては一大決心だったのかもしれない。
奥さんの遺影が飾られているこの部屋で、奥さん以外の女と手を繋いで眠るなんて。
「減るものじゃないし、別にいいよ」
 そう言ってモゾモゾと布団から右手を出すと、彼は左手で私の手をギュッと握りしめ、自分の布団の中に仕舞った。
 寒い日に手袋なしでも両手が暖かかった、冬の日々を思い出した。はらはらと舞い落ちる雪。さすような空気。彼の温もり。
 すぐに彼の規則的な寝息が聞こえて来た。こうして同じ部屋で夜を明かすのは初めてだ。案外、幼馴染って近過ぎて、出来る事が限られるんだなと、今にして思う。
 私の落ち込んだ顔を見て、旦那との不仲を知って、私を放っておけないと言ってくれて、嬉しかった。一方彼は、奥さんを半年前に亡くした事を殆どおくびにも出さずに振舞っていた。
 手を握って欲しい。今まで我慢して来た、彼の孤独を埋めるための、一生のお願いだったのかもしれない。寂しかった。我慢していた。そういう事かもしれないと思うと自分の鈍さ加減に呆れるし、心遣いの無さに辟易する。
 彼が安心して眠りについてくれて良かった、そう感じた。自分ばかりが不幸だと言い、真吾の辛さに気づいてやれなかった自分を悔いた。手を更にギュッと握ると、彼は無意識に握り返して来た。
 薬を飲まないと目が冴えて、日付が変わっても寝付けないまま、スマートフォンで小説を読んでいたりする事が日常だったが、今日は違った。
 真吾と握ったその手から、暖かいものが体に流れ込んで来て、それが全身に回り、意識が段々朦朧としてくる。その感覚は、とても懐かしい物だった。
「あ、眠れる」
 そう感じた。眠剤なしで眠るなんて、半年以上昔の事で、不思議だった。深く深く、落ちて行く、感覚。





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