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時は動き出した
【大人 恋愛小説】

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-2

 話をしているうちに、真吾の欠伸が多くなって来た。
「眠い?」
「眠くないよ」
 彼はワザと目を見開く様にして私を凝視し、その顔がなかなか恐ろしくて「やめなよ」とテーブル越しに頭をペシッと叩いた。
「もう寝ようか。俺、布団敷いてくるからちょっと待ってて。あ、ちゃんと二組敷くから心配しないで」
 そう言い残して和室に入って行った。
 私は泣きぼくろの彼女の遺影にもう一度手を合わせた。
「今夜だけ、彼のそばにいさせてください」
 そう心の中で唱えた。彼女はどう思ったか知らないが、私はそれで満足だった。
「歯磨き、するぞー」
 声がしたのは洗面所の方だった。
「歯ブラシある?」
「母ちゃんたちが頻繁に来てた時に、来客用の歯ブラシを買っておいたから大丈夫。あ、俺の部屋着も貸すよ。彼女の服は全部向こうの実家に戻しちゃったから」
 洗面台に並んで、順番に歯磨き粉をつける。
「ねえ、実はこういうの、初めてじゃない?お泊りとか、した事なかったし」
 真吾は歯磨き粉のキャップを閉めながら「そうだな」と鏡越しに微笑んだ。
「恵が歯磨きするところなんて初めて見るぞ」
 歯と歯ブラシの擦れる音が響く中、鏡越しに笑い合う。真吾はさっさと口をゆすいで、コップを渡してくれた。
「部屋着は短パンと長袖のTシャツでいいか」
「お泊り会みたいで楽しいね」
 初めは常識はずれな行動に躊躇していたのに、いつしか満喫している自分がいた。
「おパンツは貸せないけどな。シャワーも浴びてないけどまあ、死にゃしないから」
 彼の口癖だった。「死にゃしない」という言葉。歯磨きをしなくても、シャワーを浴びなくても、郵便配達を居留守しても、遅刻をしても「死にゃしない」。
「洗面所で着替えていいよ。顔も洗っていいし。メイク落としはないけど。あ、タオルタオル」
 外出予定のない土曜だったこともあり、メイクはほとんどしていなかったので、ざっと顔を流し、借りた部屋着を着て和室に向かった。
「恵は俺の左側が好きだったよな」そう言うと彼は、右側の布団に腰掛けた。
「じゃあ遠慮なく左側で」
 布団は何となく、香水の様な香りがした。今日一日、貸してください。顔の見えない彼女にそう念を送った。
「んじゃ、電気消すぞー。夜中フラフラすんなよー。それから、眠れなかったら俺を叩き起こす事。一晩付き合ってやらぁ」
 私は彼の心遣いに相応しい言葉が見つからなくて、「ありがと」ただそれだけしか言えなかった。


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