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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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南風之宮にて 4-11


 ぽっかりと空洞のあいた眼窩から、間髪入れずに違う何かがわき出してくる。
 黒っぽい、どろりと粘りけのある半固形物、のようにエイの目には映った。消化中途の吐瀉物のような質感の、おぞましい何かだ。
 それらが、見る間に汚れた涙のように眼窩からあふれ出しては顔からこぼれ落ちていく。
 やがて死骸は、鼻腔や耳孔からも、同じものを垂れ流し始めた。
 半分液状ではあるものの、地面に無作為に流れ出すほどではなく、垂れ落ちるそばから泥土のように積もっていく。
 そしてあろうことか脈動し、意思のあるかのように、死骸の周りで流動を始めた。

 一方から一方へ。まるで一つになろうとしているようだ。
 エイは血の気のひいた手で剣を構えたまま、固唾を呑んで見守った。
 死骸からの湧出は程なくして止まり、最終的にその場にできあがったのは、骸の頭ほどの大きさの、絶えず形を変える一つの塊だった。

 その不定形のへどろのようなものが、魔族の本体なのだとエイは半ば直感的に悟った。
 彼に向かってくるような気配はない。
 それは手も足もなく、伸び縮みしながら液状の芋虫のようにずるずると這いずり……時折、腐れて溶けた肉に似た体の一部をぼたぼたとこぼしながら、山へと分け入っていった。


 薄気味の悪い退場の仕方だ。
 エイは、すっかり忘れていた魔族への生理的恐怖を、今さら思い出してぶるりと震えた。

 震えに合わせるように、懐の鳥が身じろぎした。彼ははっとして彼女に声をかけた。

「ありがとう、ハヅル。助かったよ」

 先刻の、相手をひるませた衝撃波を思い出す。少し眠ったことで、力を幾分か回復できたのだろう。
 ハヅルはピィ、とか細く鳴いた。
 彼女がもぞもぞと動くので、エイは上着を開けて解放してやった。

 真っ白い小柄な猛禽が顔を出す。鮮やかに光る黄色い虹彩に囲まれた、黒ぐろと丸い瞳孔がきょろりと彼を見つめた。
 猛禽らしく少々目つきが悪いので、エイは一瞬睨まれたように感じたのだが、もちろんハヅルにそんなつもりはない。

 彼女は首をめぐらせて外を見回すと、かぎ爪を器用に引っかけて彼の懐から抜け出した。
 転がり落ちそうになるのを、エイは慌てて捕まえた。手ずから地面に降ろしてやる。

 ハヅルは目を細めて、離そうとしたエイの手に、飼い鳥が甘えるようなしぐさで一度だけ顔をすりつけた。

「ハヅル?」

 返事もなく、彼女はぴょんと前方に向かって地を蹴ると、空中で力強く羽ばたいた。
 土埃をたてて体がふわりと浮き上がる。

 挨拶のつもりなのか、エイの遙か頭上で旋回してから、彼女はさらに上昇した。
 そのまま一直線に東へ、ガレン公の城へと進路をとる。
 月明かりに目立つ白い鳥が、エイの目にもとらえられなくなるまで、そう長くはかからなかった。



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