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朝日に落ちる箒星
【大人 恋愛小説】

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18.太田塁-1

 今夜、智樹の家に矢部君が来るというので、俺は外に出てた方がいいかと訊ねたら智樹は「どっちでもいい」という非常に冷たい言葉を浴びせてきたので、俺は二人の修羅場を楽しく見学させていただく事にした。
 五限まで実習をして来るとなると腹も減るだろうからと、智樹は夕飯を作り始めた。飯を食いながら話し合いをするつもりなのか、智樹の考えが読めない。ただのバカなのか。まぁこの四日ほど、智樹が作ってくれる飯で俺は食いつないでいるから、夕飯は作っていただかないと困る訳で、今日の夕飯が鶏の照り焼きだと聞いて小躍りした。
「先に食うか」
 あとは盛り付けだけになったところで智樹がそう言った瞬間、インターフォンが鳴った。
「来た」
 靴下を滑らせるように走りだし、玄関がドンと開けられる音がした。何かぼそっと声が聞こえたけれど、智樹なのか、矢部君なのか分からなかった。
「お疲れさん」
 俺が矢部君に声を掛けると「お疲れ」と言って当然のように俺の横に座った。
「まだ何も食べてないでしょ、まぁ食ってよ」
 俺は、俺が作った訳でも、俺の家でもないのに、俺が振舞うかのようにして言うと、矢部君は少し頬を緩めて笑った。何とか笑う余裕はありそうだ。
 それから智樹が作った料理を食べた。俺は二人に会話を振るのだが、全くキャッチボールにならなくて、俺は暴投してばかりなので、次第に俺の口も食事に集中してしまい、結局終盤は、口の中で物をかみしめる音だけが部屋に響くという、非常に気まずい状態が続いた。
「ごちそうさま、智樹君、相変わらず料理がうまいね」
 四日間も飯を作って貰っておきながらわざとらしく言うと、智樹は「なんだそりゃ」と言いつつ食器を下げた。やっと智樹が喋った。俺はこの二人の関係を取りもたにゃならんのか。何と損な役回り。ただそれは、矢部君のためだけじゃない、俺のためでもあるのだから、仕方がない。

 緑茶を前に、初めに口を開いたのは智樹だった。「塁は黙ってろ」と先に言われたので俺は口出ししない事にした。
「星野の事、本当に悪い事をしたと思ってる。ごめん。って謝って済むとは思ってないけど、謝る以外に方法が見付らないんだよ。考えたんだけど見つからないんだ」
 智樹は少し伸びた前髪をぎゅっと握りしめ、指先を真っ白にしている。隣の矢部君を見ると、膝に置いた手が、小刻みに震えていた。抱きしめてやりたい衝動に駆られたが、じっと我慢した。
「智樹からの『おやすみ』メール、ずっと待ってたんだよ。私」
 剥がれ落ちそうに儚い声で、矢部君が話し始めた。
「ごめん」
「本当に謝ってばっかりだね。智樹の気持ちが全然見えないよ」
 智樹は握っていた髪から手を離し、俺の気持ち、と呟いた。その顔からは、先程までの後悔の念に支配された顔とはまた別の、何かに気づいたような顔が垣間見えた。
「俺は、君枝の事が凄く好きなんだよ。誰にも負けてねえ。塁にだって負けねえ。セックスできなくたっていい。ゆっくりと、身体も繋がれるようになればそれでいい。とにかく、傍にいてほしいんだよ。君枝。どうしたら、どうしたら分かって貰えるかなぁ」
 ふと見ると、俯いた智樹の顔から、雫が滴っていた。俺はあいつが泣いているところを始めて見た。矢部君は同じく下を向いているから、気付いていないのだろう。智樹が鼻をすする音を聞いて初めて、矢部君は顔を上げた。「智樹......」
 茫然と、ただただ茫然と、肩を震わせる智樹を見つめている。そのうち彼女は口に手を当てたと思ったら顔をくしゃくしゃにして、その時にはもう既にたまりにたまっていたんだろう涙を下睫毛から解放させてやって、智樹の元に寄って行った。
 涙は女の武器だとか言うけど、多分男の武器でもあるんだよな。普段絶対に泣かない智樹が、矢部君を繋ぎとめるために涙を流した。立派な武器だ。打ちのめされた矢部君は智樹の隣で何もできないでいる。俺は二人の世界に入っていけなくて、そのまま横になって和室と居間の境目にある鴨居をじっと見つめていた。
 たった四ヶ月、フランスにいる間に、智樹と矢部君の距離は急速に縮まって、いびつな三角形だった俺たちの関係は、二等辺三角形になっていた事に、今やっと気づく。あと二日。あと二日で、彼らと同じ距離に、俺と矢部君の距離を縮める事が出来るだろうか。俺はあまり自信が無かった。それ程までに、彼らの距離が近くて、強固で、何人たりとも手が出せない物に感じた。
「もう絶対、私がいない時に他の女の人を家にあげないって、約束して」
 必死で涙声を隠そうとするその声は、逆に震えてしまっていて、聞いているのが辛かった。涙が落ち着いたらしい智樹はひとつ鼻を啜って「約束する」と低く響く声で言うと、矢部君の手を取って小指を巻き付けるのがローテーブルの下から見えた。
 あぁ、俺の居場所が無くなって行く。月曜日、俺はフランスに帰る。そうしたらまた、智樹と矢部君の距離は縮まり、俺は二等辺三角形の遠い点のまま、段々とその距離を伸ばしていく事になるんだろう。矢部君の幸せが自分の幸せとか言ってみた所で、正直な所そんなのは綺麗事だ。俺は矢部君も智樹も欲しい。だから二人の距離が目に見えて縮まって行くのを見ていると、心臓を下からぎゅっと締め付けられて、血液から空気から全てが身体の中から出て行ってしまうような、例えるのに苦心するような苦しさを感じる。
 四か月経っても、俺は成長していない。そういう事だ。時の流れは残酷だ。


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