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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第1話-8

出会いは最悪だったのに、今はもっと互いの事を知りたくなる。どうしてなのだろう。
2人共、何か言いたい事があるはずなのに、何も思い浮かばず、ただ見つめ合っていた。
「じゃあ…」
結局、これ以上別れの時間を延ばせる理由が思い付かなかった。
走ってきた後続車のヘッドライトが2人の顔を照らした時、ようやく視線を外して、その場から離れようとする圭輔に、堪らず、英里は声を掛けた。
「…あのっ、もう一つお願いが…」
「何?」
このまま圭輔と離れたくないと強く感じ、まだ考えがまとまらないまま彼を引き止めてしまった。
英里は内心うろたえながらも、ゆっくりと伝えたい言葉を胸の中で反芻する。
先程、彼が嫌いだったなどと告白してしまった手前、こんな事を言うのは非常に勇気を要した。
もしかすると、彼女の人生の中で一番かもしれない。意を決し、英里は口を開く。
「明日、休みですし、もし予定が空いてたらどこか行きませんか…!?」
圭輔が驚いたように英里を見つめている。
英里はそれから顔を上げられなかった。恥ずかしくて今すぐこの場から離れたかった。無理な願いに決まっているのに、案の定彼を困らせてしまっている。
ぐっと拳を握って、彼の言葉を待ったが、やはり臆病な自分には勝てそうも無く、
「あの、やっぱり前言撤回させて…」
「いいよ」
「…え?」
意外な言葉が耳に入ってきて、英里はぱっと顔を上げた。
「いいよ、言う事きくって約束したし。何時に迎えに行けばいい?」
何気ない圭輔のその言葉に、英里は一瞬表情が固まった。
自分の言う事に従えという“約束”。その言葉が深く胸を貫いた。
あれは、単なる性質の悪い悪戯だった。何の変化もないつまらない日々、何も変えようとしない自分が悪いのに、八つ当たりのように、彼を巻き込んだだけだった。
英里は今更ながら、自分が彼にしてしまった事を深く悔いた。
義理堅くそんな約束に従って嫌々付き合ってもらう位ならば、きっぱりと断ってくれた方がましだ。
そもそも、最近よく話をするようになったからといって、たったそれだけの事で何を勘違いしていたのだろう。自分だけが特別なのではない、他の生徒達とやっと同列になっただけ。
それどころか、あんな事をしておいて、きっと彼には嫌われているに違いないのに、何ておこがましい申し出をしてしまったのか。口にしてしまった後で、自分の無神経さを恥じた。
自分自身だって、この前の教師のように好きでもない相手に触れられただけで嫌悪を感じたというのに…嫌われてしかるべき、最低な事をした。
よしんば嫌われていなかったとしても、先程言われた“変な生徒”どまりだ。
答えのない自問を繰り返すうちに、苦しくて胸が潰れそうになる。
こんな感情も感覚も知らなかった。彼の事をこれ以上考えると、知らない自分になってしまいそうで、急に未知の恐れが全身を覆う。
もう、彼にこれ以上踏み込むべきではない。彼女の自己防衛本能がそう判断を下した。
「…あの、冗談ですから。ごめんなさい、変な事言っちゃって。私、どうかしてましたね」
英里は辛うじて笑顔を作って、そう告げたが、心の中はぐちゃぐちゃで、泣きたいような気持ちでいっぱいだった。
「あ、じゃあ帰ります…ね…」
そのまま立ち去ろうとすると、急にぐっと腕を掴まれた。
驚いて振り向いた英里の前に、今まで見た事のないような真剣な顔付きの彼の姿があった。その強い眼差しに彼女の胸の奥がざわめいた。
「明日、10時にここに迎えに来るから。どこ行きたいかちゃんと決めとけよ?」
「え、だから…」
ようやく動揺から立ち返った英里は、何とか作り笑顔を貼り付けたまま、冗談だと言ったのに、と続けようとするが、
「冗談に聞こえなかったし、それに……俺ももっと水越さんと話してみたいから」
それだけ告げると、圭輔は掴んでいた腕を離して、いつものように穏やかな淡い笑みを浮かべた。
「じゃあ、また明日な。すっぽかすってのはナシで」
―――圭輔が去った後も、英里は呆然とそこに立ち尽くしていた。
彼の手が触れていた部分が熱い。胸が潰れそうに苦しい。
(どうして、あんな顔するの…)
家に帰った英里は、魂が抜かれたかのように、ぼんやりとベッドの上に寝転んでいると、タイミング良く友人から電話が掛かってきた。
『ふーん、でも英里がデートなんて初めてじゃない?』
『ちがっ、デートなんかじゃ…』
『でも、好きな人とどっか行くんなら、それってデートじゃないの?』
『…そうなのかな』
(でも別に好きな人じゃないし、ただもっと一緒にいたいと思っただけで…でも、先生はきっと迷惑してると思うのに、これでもデートって言えるの…?)
彼と深く関わることなんてないと思っていたのだ。
…そう、教師なんかとは絶対…。
『…英里?』
『あっ、ごめん、ボーッとしてた。もう明日早いし、切るね。話聞いてくれてありがと』
『うん、じゃあまた話聞かせてよね!おやすみ〜』
完全に通話が切れたのを確認して、英里は携帯を机の上に投げ出し、再びベッドに寝転んだ。
彼は、もっと話したいからと言っていたが、英里には到底信じられなかった。
自分の提示した一方的な約束に縛られて、承諾してくれたに過ぎないのに。
なのに、明日のことを考えると、期待に胸が膨らんでしまう。
そもそも人付き合い自体が不得手な英里は、恋の経験などない。むしろ自ら避けてきたようにも思える。人を好きになるという事がどういうものなのか、よくわからなかった。
圭輔への罪悪感と同時に、胸がきゅっと締め付けられるような切なさが沸き起こる。
これの正体は何なのか、今の彼女にはまだはっきりと掴めずにいた。


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