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深海の熱帯魚
【純愛 恋愛小説】

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.30 太田塁-1

 やろうと決めた時はテンションがダダ上がりだったんだ。やったらすげぇ恥ずかしくて、でもここで照れたら本当にホモっぽいから、俺は耐えた。
 対して智樹は、顔を引き攣らせて真っ赤にしていやがった。女にされたんでも無いのに、何であんなに照れるんだ。勘違いしちまう。
 俺はベッドに横になって、例の如く脚あげ腹筋をする。

 矢部君は、俺と智樹の事が好きだと言った。あの「好き」には一体どんな意味があるのだろうと考える。
「好きだ、つきあいたい」の意味を持つ「好き」と、「あの人のこういう所が好き」みたいな軽い「好き」もある訳で、あいつの言っていた「好き」が、どれに当てはまるのか、不明だ。
 もし本気の「好き」なのだとしたら、これはとても厄介な事ではないか。
 矢部君と俺は相思相愛、矢部君と智樹も相思相愛、俺は智樹に片思い。何だ、この三角関係は。本当に三角形になってるのか?
 俺が智樹にキスした時の、あの時の智樹の顔は、俺は凄く好きだ。もの凄く照れた時のあの顔。顔が横に引き攣れたみたいになるんだ。理恵ちゃんと付き合い始めた頃は時々見かけたあの顔も、最近は全然見なくなった。俺がそれを引き出せるなんて、俺も捨てたもんじゃない。
 とにかく、俺は智樹のあの照れた顔がもっと見たい。そうなるとやはり、矢部君と智樹が相思相愛になって、智樹が照れる顔を俺は陰からそっと見守る。この形が望ましいのかも知れない。

 そもそも、男が男に恋い焦がれた所で、今の日本の法律ではどうにもならない壁がある。
 それにだ、智樹は俺の事をそういう対象として見てはいない。「兄弟」として見ている訳だ、矢部君の言葉を借りると。
 俺は隠しに隠していた、智樹に対する気持ちを、一気にぶつける事が出来たんだ。もう、終わりにしよう。不毛な恋だ。智樹を自由にしてやろう。
 俺は、俺は......矢部君の事を諦めるべきなのか?それとも、好きだった智樹と、ライバルになるのか?

 腹筋をしながらフランス語の教科書を読むが、なかなか頭に入って来ない。やっと日常会話程度は覚えたのに、そこからなかなか進まない。

 フランス語を覚えるためにも、結論を出そう。
 俺は矢部君を諦めない。智樹もきっと、負けじとついてくるだろう。好きだからこそ、俺は負けない。勝った末に俺は矢部君を、智樹に渡すんだ。「ほら、くれてやるよ」みたいに、感じ悪く。

 四月に入ったら花見をする事になっている。花見はプレゼントを交換するような行事じゃないし、なかなかうまい攻撃方法が見付らない。
 俺はフランス語の教科書を顔に被せ、それからずっと花見の事を考えていた。


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