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深海の熱帯魚
【純愛 恋愛小説】

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.27 太田塁-2

 結局、DVDを二本観て、帰る事になった。
 昨晩智樹は俺と同じく彼女に手袋をあげたらしいが「今日は塁と帰るから黄緑」と言って俺があげた手袋をはめて外に出た。彼女が着ているグレーのダッフルコートに、黄緑色がアクセントになっていて、ほっと胸を撫で下ろす。
 雪でも降りそうな寒気が、頬を射す。もう夕方で、日が翳り始めている。

 駅までの道すがら、俺は昨晩の事を尋ねた。
「おい、昨日の夜、智樹と何があった?」
 彼女は俺の顔を意味ありげに見つめ、プッっと笑った。
「何だよ、何で笑ってんだよ」
 俺より上からの目線で物を言った事が無い矢部君が、俺を笑っているという構図が何だか妙だった。
「良かったね、塁。君たちは両思いだよ」
 俺は目をぱちくりさせた。気付くと足が止まっていた。
「どした?」
 振り返る矢部君に「どうゆうことだ?」と尋ね、再び足を動かした。心なしか、脚が震えている。まさか矢部君枝、智樹に全て言ったんじゃなかろうな。そうなったらここで滅多刺しだ。
「布団にいなかった塁を抱っこして布団に連れてきたから、放っておけばいいって私は言ったの」
 薄らと笑みを浮かべる矢部君が少し怖い。俺は「で?」と先を促す。
「そしたらね、放っておけないんだって。心配だって。塁の兄貴でいたいんだって。愛されてる証拠だよ」
 滅多に赤くならないと自負している俺の頬に、血液が集まってくる感覚があった。
「顔、赤いですよー」
 持っていた鞄で顔を隠した。暫く冷たい風に当たっていれば引いて行くだろう。
「で、矢部君は智樹に、手を握って寝てくれとか言われた訳?」
 暫く経って頬の熱感が通り過ぎていってから俺は攻撃に転じた。彼女は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をし、二の句をつげずにいる。
「あら、図星?」
 俺は薄ら笑いを浮かべ、人差し指で彼女の二の腕をコートの上からツンと突くと、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。暫く口を開きそうにない。
 そのうち何か言うだろうと思ってお互い無言で歩いていた。無言で歩き続けていると、本当に無言のままで、駅まで着いてしまった。
「あの、何か喋ってください」
 俺は改札口で彼女の方を向いて、顔を覗き込んだ。と、彼女はスッと顔を上げ、俺を見据えた。
「私が手を握ったの。智樹君が優しいから、手を握りたくなったの。塁の大好きな智樹君が言いだしっぺじゃないからね。それじゃ、ここで」
 彼女はおかっぱ頭を翻してIC専用の改札口に消えて行った。
 俺はその場で立ち尽くした。
 矢部君が智樹の手を、自ら握ったのか。どういう事だ。矢部君はやっぱり智樹の事が好きなのか。智樹はきっと矢部君の事が好きだろう。そうすると相思相愛じゃないか。俺は邪魔している事になるのか?
 それでも俺は、矢部君も好きだし、智樹も好きだ。どうしたらいいんだ、この状況。
 性別的には俺は矢部君を落としにかかるべきなんだろうが、それでは智樹と仲たがいする事になる。いや、優しい智樹の事だから、俺に譲るかも知れない。そんな智樹は見たくない。幸せで赤くなってにやけているような智樹が俺は好きなんだ。
 ホームに電車が入る音が階下から響き、俺は慌てて改札をくぐり、矢部君とは反対側のホームに駆け降りた。冬の冷たい空気は思考をクリアにしてくれて、ある意味残酷だと思う。


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