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隣に。
【大人 恋愛小説】

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12-2

 その夜ベッドでセックスをした。
 彼は何度も「好きだ」「愛してる」と言葉で言い、それを身体で表現した。私もそれに応えるように、受け入れた。

 シャワーを浴びに行った総司を、裸のまま布団に入って待っていると、総司の携帯電話がサイドテーブルでジジジと震えて光った。メールだろうと思いそのままにしておいたが、いつまでも震えが止まらないので着信と分かった。
 出るつもりはない。液晶を見るだけ。暗い液晶に光る、黄緑色の文字を。
 「森崎昌子携帯」
 私は寒さの中に裸で放り出された子供のそれのように、震える手で携帯を掴み、通話ボタンを押した。
『あ、総司?昌子だけど。総司?総司?あれ?』
 私は通話終了ボタンを押した。スーパーで聞いたあの声に間違いないだろう。キンモクセイの女。
 間髪入れずにもう一度、電話が掛かってきたが、私は布団を頭からかぶり、その振動音が消えるまで堪えた。受け入れたくない現実が、足音を立ててそこまで迫っている。
 振動が消えた頃を見計らって布団から顔を出すと、今度は短い振動があって、止まった。
 やはり液晶には「森崎昌子携帯」の文字と、メールを示す封筒の絵。さすがにメールまで見ようとは思わなかった。
 パジャマを着て、再び布団に入った。
 シャワーを浴びて「寒い寒い」と言いながら二階に上がってきた総司は、携帯のライトが点滅しているのを見つけてか、素早く携帯を手にし、内容を確認している。
 私は素知らぬ顔で「誰かからの電話?メール?」と訊くと、「この前家から送ってくれた奴からだ」とまるっきり嘘を吐いた。
 嘘を吐かずに「森崎という女からだった」と言って欲しかった。その女と総司は何の関係も無い、と否定してくれれば、それで良かった。なのに、何故そこで嘘を吐くのか。
 総司に背を向け、目を瞑る。滲み出る涙は重力の法則によって垂れて行き枕へと染み込んでいく。


 翌朝、目が覚めた時に見た二階からの景色は圧巻だった。一面真っ白に染まっていた。太陽が昇らないので薄暗く、陰鬱な様子ではあるが、雪に慣れていない私にとっては胸の躍る光景だった。
 カーディガンを羽織るとすぐに一階へ降りていき、適当なスニーカーを履いてパジャマのまま外に出た。白い雪はまだ降り続いている。上を見上げると、円錐型に沿って白い雪が顔をめがけて落ちてくるように見える。このまま白い雪に覆われて、真っ白になって、消えてしまえばいいと思った。昨日の夜の電話を思い出したからだ。
「何やってるの?」
 起きてきた義母が玄関から不思議そうに顔を出していた。私はさっと赤面した。
「すみません、こういう光景が初めてなので、浮かれてしまって」
 雪を踏み鳴らして玄関へ戻ると、「これから暫くは毎日見られるから。安心しなさい」と肩を叩かれた。


 買い物から帰る頃には、雪は止んでいた。
 車をバックで駐車し、荷物を運び出そうとすると「こんにちは」と声を掛けられた。陽子だった。
「どうも」
 私はさも忙しそうに大げさにビニールの音をさせながら荷物を持ち、玄関へ向かおうとした。
 ふと、森崎という女の事が気になった。陽子なら、何か知っているかも知れない。
「あの、森崎さんって、どういう方ですか?」
「森崎?」
 彼女は目を真ん丸にして、驚いたような、嬉しい様な、待ってましたとばかりの顔をした。
「あれは総司の元カノ。見たの?」
「えぇ、スーパーで」
 私は手に持っていたビニール袋を持ち上げてみせた。
「凄く綺麗な方でした」
「見た目だけね。ずっと一緒にいたよ」
 彼女の言葉が飲み込めず、「へ?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。
「同級会で少なくとも私達が帰るまではずっと、総司の隣にあの子がいた。まるで夫婦みたいに」
 私が動揺する様が可笑しいのか、口を押えて笑いを堪えている。
「嘘だと思ったらうちの旦那にでも聞いてみるといいよ。同じ事を言うから」
 何処かへ行く途中だったのか、家には戻らず、私の家の前を横切って歩いて行った。
 陽子が森崎の事をあまりよく思っていない事は何となく判った。だからこそ、嘘を吐いているように思えない。きっと、同級会の席ではずっと、総司の隣に森崎がいたのだろう。ずっと。宴会が終わっても、ずっと......。
「たまには役に立つじゃん」
 そこにいなくなった陽子に対して、口に出して言った。

 誰もが総司を欲しがる。誰もが総司を独占したがる。私の、総司。
 総司が森崎と何かあったかどうかなんて確証はない。それでも私は、自分以外の他の女が総司に触れる事が許せなかった。隣にいる事が許せなかった。
 総司の周りには女が多ぎる。彼の隣には私がいれば良い。それで良いのに。


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