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数ミリでも近くに
【大人 恋愛小説】

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-2

 午後になっても雨は止む気配が無く、珍しく全員が家にいた。
 葉子は自室でギターを爪弾き、晴人も自室で音楽を聴きながら漫画を読んでいた。リビングにいたのはスミカと健人だった。
 スミカはファッション誌を読み、健人はソファに寝転がりながらパソコン情報誌を読んでいた。静かな午後だった。雨音だけが、ダイニングキッチンの天窓に小うるさく叩きつけていた。
「スミカさぁ」
 静かに口を開いたのは健人だった。
「いつもご飯とか作ってくれて、ありがとね」
 雑誌から目を外さず、健人は言った。対照的にスミカは大きな目を更に丸くして健人を見た。
「どうしたの、何、急に」
「何か、当たり前の様に作ってもらってるのも何か、悪いなと思って」
 相変わらず雑誌から目を離さない。照れているのだろうと、スミカは察した。
「じゃぁさ、今度健人がお手伝いしてよ。一緒に作ろうよ」
 スミカは単純に嬉しかった。惹かれつつある健人に、少しでも自分の事を考えてもらえていた事が嬉しかった。
「今日の晩飯は何?」
「コロッケ。冷凍のだけど」
「じゃぁ手伝うから、声かけてよ」
 健人はゴロンとソファの背の方へ寝返りを打った。

 晴人と葉子の遣り取りを見ていて、疎外感を感じたスミカは、親友である葉子を陥れるような行為に至った。
 健人も今、同じように疎外感を感じている。しかも、相手は同じ二人。
 好きな女と、自分の兄だ。
 どうしても侵入できない大きな溝の様な物がある。歯痒かった。
 兄がシェアハウスに来る前は、こんな事は一度も無かった。
 ストーカーの中村とか言う男が家を訪ねて来たって、どうって事は無かった。
 中村が葉子に好意を寄せている事を知っていても、俺が彼女を守ればいい、そう思っていた。
 俺の兄には彼女がいる。それなのに葉子と妙に親しげに接している兄を見ていると、嫉妬と言うよりは怒りに近い感情を覚える。
 思えば、幼い時からそうだった。兄は自由奔放で、学校でも問題児扱いをされ、母はしょっちゅう学校に駆り出されていた。
 母は兄の事ばかりを心配をし、俺の事は二の次。
「健ちゃんはきちんとしているから大丈夫ね」と言った具合だ。
 俺は兄とは違い、勉学に勤しみ、それなりの結果を残してきた。しかし、どんなに頑張ったところで注目はされなかった。
 就職しない俺よりも、就職した兄に対して「晴人は大丈夫かしら」と心配をする。
 母が注目しているのは、兄ばかりだった。
 俺が欲しい物は、兄が掻っ攫っていく。単なる嫉妬でしかない、と冷静な自分は分析するが、心中穏やかではいられなかった。
「スミカなら、分かってくれるかも知れない」
 いつでも話の中心にいたいと思っているスミカが、この家に来て初めて疎外感を感じている。それは兄の存在が大きい。
 スミカなら、俺の気持ちをわかってくれるかも知れない。


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