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数ミリでも近くに
【大人 恋愛小説】

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企み-2

 二人がバードハウスに帰ると、朝早くに出かけて行った筈の晴人が、ソファに座っていた。
「兄ちゃん帰ってたんだ」
 健人はビニールからお弁当を二つ取り出し、「飯は?」と訊いた。
「俺は済ませてきた」
 何故か晴人の鋭い目線が、葉子を追っている事に健人は気づいた。
「何、どうしたの」
 晴人の目は険しく、眉間にシワを寄せている。
「葉子、俺の部屋、勝手に見に行ったんだってな」
「へ?」突然の事に葉子は目を丸くし、言葉が出なかった。何でそんなこと知ってるんだろう。
 何も言えないでいると、晴人は畳みかけた。
「シェアハウスだから、人の部屋にずかずか入らないのは基本なんだろ。何なんだよ、何の理由があって入ったんだよ」
 葉子は狼狽えた。
「べ、つに、用事があったとかじゃないし、入った訳でもないし――」
「じゃぁ何だよ、スミカが言ってたぞ。葉子が俺の部屋の中について話してたって」
「スミカが?」
 健人が昼食の準備の手を止め、静かに口を開いた。
「兄ちゃん、それはちょっと違う」
「健ちゃん?」
 葉子はその場に立ち尽くしたままで、晴人に痛い程睨みつけられていた。
「スミカがけしかけたんだ。兄ちゃんの部屋の中がどうなってるのか、ベランダから見えるんじゃないかって、けしかけたのはスミカだよ」
「健ちゃん、聞いてたの?」
 うん、と俯いて帽子を脱ぎ、髪をくしゃっとした。
「何だってスミカはそんな事させたんだ?」
 怪訝な顔で晴人は二人に問うた。
「分かんないけど――カーテン越しに中を覗いたのは本当だから、ごめん」
 あぁ、と晴人は葉子の素直な謝罪に少し戸惑いを見せた。
「ただ、部屋の中には入ってないよ。私の部屋にあるシドヴィシャスと同じポスターがあったのと、窓際に写真立てが見えたぐらいであとは見てない」
 晴人は下を向いていた顔をすっと上げ、「スミカは何がしたかったんだ?」と二人に訊いた。再度、純粋に問いたい、そんな感じだ。
 葉子はスミカと親友でありながら、彼女の考えている事がよく分からないと言う事が時々ある。親友と思っているのは実は自分だけなのかも知れない。
 時折、他人に対する彼女の冷徹さを感じる事はあれど、その矛先が自分に向けられる理由など、考えつかなかった。
 冷静に考えていたのは健人だった。
「多分だけど――兄ちゃんが来てから、葉子と兄ちゃんが二人で盛り上がってるのが気に入らなかったって所だろ。スミカ、自分が中心にいないと気が済まないタイプ、でしょ」
 控えめに、それでも要点を突いて話す健人に、二人はただ頷くばかりだった。
「確かに、会社でも常に周りに人が集まってるよなぁ」
 会社でのスミカの行動を思い起こした。彼女のいるところには必ず人が集まっていて、その中心にいるのは他でもない、スミカなのだ。
「今後もシェアを続けていくなら、オーナー代わりのスミカと仲たがいはできない。今回の件は無かったことにした方が良いよ。それと、兄ちゃんと葉子もあんまりスミカを置き去りにしない事。さ、葉子、飯食おう」
 ダイニングテーブルに置いたお弁当のふたを開け、葉子を誘った。
 葉子は俯いたまま「うん」と返事をし、テーブルについた。明らかに葉子は沈んでいた。
 親友だと思っていた人間に嵌められたかもしれないのだ。
 暫く沈黙したままお弁当を食べていたが、ソファに身を沈めていた晴人が口を開いた。
「葉子、あとで葉子の部屋も見せてよ。それでちゃらにしよう」
 葉子はその言葉に許された気がして、頭を激しく縦に振って頷いた。
 健人はそれを見て、晴人が羨ましいと思ったし、悔しくもあった。
 健人は葉子の部屋を見た事も、覗いた事も無い。
「健ちゃん、焼肉弁当うまいよ」
「だろ」
 健人は言葉少なに焼肉弁当を平らげた。


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