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数ミリでも近くに
【大人 恋愛小説】

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種違い-2

 葉子は低血圧故に、朝の起床に弱い。携帯のアラームを止めて二度寝、目覚まし時計を止めて三度寝、、最終手段はスピーカーからピストルズの「アナーキーインザUK」を爆音でかける。大体ここまでやって起床する。
 重たい体を垂直に折り曲げてロフトから下に降りるまでに数分かかり、その間にも音楽は鳴り続けている。
 スミカや健人はこの事に不満を漏らした事はない。
 それもその筈、スミカは既にキッチンに立ち、健人の部屋は離れているのだから。
 葉子の部屋のドアを乱暴に叩く、ドン、ドン、という音がした。
 スリッパをつっかけ、水色のドアまでスタスタと歩き、ノブを回す。
「何だよー」
 全身から気だるげなオーラを放ちながら声を発した先には、眠そうに目をしばたかせている晴人が立っていた。
「なんで朝からアナーキーインザUKを爆音でかけてんだよ」
 その瞬間にも音楽は部屋の中から恐るべき音圧で襲って来る。
「何でって、目覚まし?」
 さも当然の如く言う葉子に、晴人は額に手を付け目を瞑った。「あっそーなの」
 バタンと水色の扉が目の前で閉まり、葉子は自分が何か悪い事でもしたのかと頭を捻った。くるりと反転して、気怠げに音楽を消しに行った。

「葉子おはよ」
 キッチンでスミカが朝食の準備をしていた。お皿同士が触れ合う音が響く。
 目をこすりながら「おはよー」視点を合わせるのに精一杯だった。
 取り敢えず顔を洗って、パジャマのままダイニングテーブルについた。健人も同じく部屋着姿で気怠そうに二階から降りて来た。
「おはよ、健ちゃん」
「ん、おはよさん」
 彼も朝は苦手な方なのだろう。いつも焦点の定まらない目で朝ごはんをつつく。
 今日もいつも通り、パンとハムエッグ、ヨーグルトにコーヒーだ。
 最後に部屋を出て来たのは晴人だった。パジャマのまま朝食を食べる三人とは一線を画し、ぴっちりスーツを着ている。
「あれ、みんな着替えしないの?」
「別に急がないし、汚れても嫌だし、パジャマのまま」
 健人の声にうん、うん、と頷く二人。
「あぁ、そう――」唖然とする晴人だったが、空いている席につき、取り敢えず朝食を食べ始めた。
 昨日までパンク色の強かった晴人は、一転して普通のサラリーマンになっていた。
 葉子は「こういうギャプに女は惹かれるって雑誌の特集があったら上位に食い込む」と妄想を膨らませた。
 それとは別として、髪型をまともにすれば、健ちゃんにそっくりだな、とも思った。まだメガネをかけていない健人と見比べる。種違いとは思えない。
「健人は今日、バイトはないの?」
 スミカにそう問われると、いかにも眠そうな甘ったるい声で「無いから夕飯は家で食べる」と、食事当番のスミカに告げた。
 晴人は、母親と健人のやりとりを見ているようで、その光景が微笑ましく映った。

 晴人が幼い頃、両親が離婚し、親権は母が持った。母は別の男、つまり兄弟の現在の父との間にすぐ子供をもうけ、産まれたのが健人だ。
 異父兄弟だが、自分と健人は母親によく似ていたし、年齢も近く、晴人は健人を可愛がった。
 健人がやってる遺伝子のナントカから言えば、半分は同じ遺伝子でできている弟な訳で、可愛くない筈がない。

「ごちそうさま」
 一番に席を立ったのは健人で、食器を洗浄機に突っ込むとすぐに部屋へと戻って行った。
「健人、毎日大学行ってんの?」
 マグカップに入ったコーヒーに息を吹きかけながら晴人は二人に訊いた。
「行ったり行かなかったり?実験が進まない日とか、論文書いてる時は一日中家にいたりするみたいだよ。あとはバイト」
 ね、と葉子に促し、彼女も頷く。
「健ちゃんは頭いいよね。羨ましい」
 葉子はパンの最後の一切れを口にいれ、モグモグしながら言った。
「あれは親父に似たんだな。理学部の教授やってんだよ」
 二人は「凄いねえ」と顔を見合わせた。理学部の教授である父の遺伝子を持つ健人と、持たない晴人。でも見た目は似ている。
「そうやってスーツ着て普通の髪型してると、健ちゃんと晴人ってかなり似てるんだね」
 葉子は口の中身コーヒーで飲み下す。
「半分同じ遺伝子ですから」
 席を立ったスミカは「みんなと同じように食洗機に食器を入れてね」と健人に伝えた。


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