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silent noise
【サイコ その他小説】

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silent noise-2

「うおっ、、え、うおえぇっ」
人指し指と中指を口の中に突っ込む。
舌の付け根を指先でつつく。
まず出てくるのは涙。何でだか、吐こうとすると泣けてくるのだ。
次に出てくるのは涎。口内のいたるところから唾が出てきて指がベトベとになってしまう。
で、やっと嘔吐が出来るわけだが、これが自然に吐く、と言うと何か変だが、本当に疲れきったり、酔ったりした時の嘔吐とはかなり違う。
自然に吐く場合は、胃がひっくり返るみたいな、ダムの氾濫のような、とにかく食べたものが雪崩のように急激に出てくる。
だが、無理矢理吐く場合は、嘔吐物がゆっくり、じりじりと上がってくる。喉で食物の粒が感じとれるくらい、のんびりと、じらすように出てくるのだ。
「ううえおっうあ、、う゛ええっ、、、、うあっ、、、うぶう、あう、、うええぇっお」
蕗の煮物。
ポテトサラダ。
竜田揚。
白米。
まだ消化されきっていない食べ物たちが胃液と共に、べちゃべちゃとこぼれ落ちていく。
緑やピンクや白や黄色の粒粒が粘液で糸を引きながら、汚い下水道の入り口の、清潔感溢れる白い陶器の便器を、汚く汚してゆく。
「はあ、はあ、はあ、はあ…」
疲れた。
吐くのは以外に体力がいる。便座の前に座り込み、呼気が収まるのをひたすら待つ。口の中が酸っぱい。
喉の奥も痛い。
酢をそのまま飲んだ後みたいな感覚に似ている。
「ぺっ」
と胃液と唾液の混ざりあったものを吐き出す。破棄出す。
コックを捻り、水を流す。
そのさまを青白い顔でじっとみている僕は、中々薄気味悪いだろう。

そのまま理愛の部屋には戻らず、キッチンに寄る。
彼女の父親は単身赴任。母親は夫の不在を良いことにどこぞの男の家に上がり込んでいるらしい。
だから家事は必然的に理愛がやることになるのだが、彼女は日中に外に出たがらないので、夜に空いてるコンビニにしか行かず、材料がないという単純な理由から料理はしない。大概保存用食品や、ジャンクフード、サプリメントで済ます。
だが、半年ほど前に24時間営業のスーパーが出来て、結構遠いのだが理愛はたまに、ホントにたまにだが、材料を買ってきて料理をすることもある。
理愛の料理を食べたこともある。
わざわざ僕のために置いておいてくれたのだ。
理愛の料理は美味しかった。
理愛は料理が上手いらしい。
「美味しいかな?」
と言って理愛は上目づかいに僕に訪ねてきた。
「とっても、おいしいよ」
そう答えると理愛は恥ずかしそうに笑った。普段あまり表情を見せない彼女のぎこちない微笑みに見とれた僕は思わず膝の上に味噌汁を溢してしまった事を理愛はまだ覚えているのだろうか。

コップの中の水が溢れて、手を濡らした。
「ん」
コップの中の水を口に含み、口内を洗い流す。
二回、三回それを繰り返し、水を飲んで喉の胃液を洗い流す。
しかしまあ、それくらいで胃液の酸の臭いは消えない。やらないよりマシだが。
勝手に借りたコップを、水道を勝手に借りて軽く洗った。
そして理愛の部屋に戻る。
それが日課。
理由は忘れてしまった。『何でこんなことをしているの?』と問われたら『日課だから』と答える他ない。
多分無理矢理吐いたりし始めた当初は何か目的があったはずだが、最早単なる習慣に成り下がってしまった。
理由を失ってしまった行為。
自分の内実を忘れてしまった自分にふさわしい。いや、きっと僕の内実なんて初めから無かったのかもしれない。
空っぽの伽藍堂。
それが、僕。
否定なんて出来るはずがない。


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