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silent noise
【サイコ その他小説】

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silent noise-1

ざりっ
手首にカミソリを差しこんだ。皮を破って、肉を裂く。
セックスなどとは違い、自分の中に入ってくるのは温かい血の通う体の一部ではない。冷たく血の通わない無機質な合金の刃物だ。
ざりざりざりざり
そのままカミソリを真横に、引く。実際はそんなことはないのだろうが、カミソリが肉に引っ掛かるような感じがする。
体の中に異物が侵入する違和感。もしくは快爽感。
ぷくぷくと赤い玉が傷口から溢れてきた。それをじっと見つめる。赤い玉はどんどん膨らみ、やがて、皮膚の上を走る。
べろり、とそれを舐めて「不味いな、やっぱり」と言って彼女は汚れを知らない幼児のように笑いかけてきた。
中学三年の冬の話である。

「ただいま」
帰宅。帰りの挨拶。静寂。
靴を脱ぎ、玄関から一歩進む。くるりと90度回転し
「おかえりなさい」
と二秒前そこにいた自分におかえりを言う。
いつものことである。
自分の部屋に戻り学校の鞄を置く、教科書も参考書も入るだけ入れているのでかなり重い。肩が痺れている。
服を着替えて塾に行くための準備をする。鞄の中に入っている参考書、筆箱、机の上にひろがった塾専用のテキスト。宿題が沢山出たので、昨日寝たのは二時だった。
そいつらをリュックにぶちこんで、玄関近くに持って行く。あと20分しか時間がない。
居間にはいつも通り、料理がテーブルの上に置いてある。
『塾に行く前に温めて食べてください 母』
これらは勿論母が作ったものではない。一応皿の上に盛ってあるが出来合の惣菜だ。毒々しい保存料や化学調味料の味しかしないが、レンジで温めて食べる。
僕は真面目だから。
真面目に生きろと、真面目に暮らせと、真面目に勉強しろと、真面目に働く人間になれと、真面目な大人になれと、真面目な人生を歩めと、親は言うから。
だから、真面目に生きてるように、真面目に暮らしてるように、真面目に勉強してるように、真面目に働く人間になれるように、真面目な大人になれるように、真面目な人生を歩んでるように、外側からはそう見えるように、生きている。
生かされてる。
じゃあ、内側は一体全体どうなっているのだろうか?
僕には分からない。
僕の事なのに。
僕の事だから。
僕には分からない。
「行こう」
お茶で料理を押し流し、玄関のリュックを持って「行ってらっしゃい」
と言う。靴をはいてドアを開きつつ
「行ってきます」
二秒前の自分に挨拶をした。
いつものことである。
あと三時間は帰ってこない自分の家を見上げつつ歩き出す。塾はあと一時間分後に始まる。塾に行くにはバスに乗りそこから歩いて、総合で30分かかる。
つまり30分の時間が余る。親にも友達にも打ち明けていない、秘密の30分。
その30分を僕は、笹垣理愛(ササガキリア)の家で過ごす。

彼女の家は玄関から入らない。窓から入るのである。
「理愛ーお邪魔するよー」
「おー」
返ってくるのは簡単な挨拶。虚しい静寂ではない。
嬉しいような、虚しいような。
ありがたいような、うっとおしいような。
いとおしいような、憎らしいような。
一人ぼっちになってしまった僕には、もう分からないけれど。
彼女は何やら映画を見ていた。パソコンの非合法サイトから拾ってきたのだろう。日本のもので韓国語の字幕版の映画だった。
「トイレ借りるよ」
「んー」
映画に集中しているからか、返事が上の空っぽい。まあ、トイレに取りあえず行かないと話は始まらない。


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