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『幸せな笑顔』
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『幸せな笑顔』-4

「いってきまぁーすママ、パパ!」
「いってらっしゃーい。」「いってらっしゃい。」
小さな手を大きく振って幼稚園に駆けていく日菜美に俺達も手を振ってこたえる。今日は葉月と一緒に俺も日菜美を送りに来た。
「パパは勘弁してくれないかなぁ…」
苦笑とともに日菜美の背中にむかって呟く。
「あらいいじゃない。お兄ちゃんだってちょっとまんざらでもないくせに。」
まあ、実際確かにちょっとまんざらでもないけども…「で、お兄ちゃんこれから暇よね。お買い物つきあってね。」
それでか、今日俺を連れてきたのは。長いんだよな、こいつの買い物は。溜め息をつき、しかし俺は葉月の後をついていく。兄バカとでも言うのかな、俺は葉月にはどうも弱い。だからこいつの望むことはなんでもしてやってしまう。
「フフッ…。」
「なんだよ、何笑ってんだ?」
赤信号で立ち止まったところで突然葉月が楽しそうに微笑んだ。
「ちょっとね、…さっき私と日菜美とお兄ちゃんの3人で歩いてたでしょう。なんだか私たち夫婦みたいだったなあ、って。フフッ。ほら、昔よく言ってたよね、『私おにいちゃんのおよめさんになる』って。なんだかそれが叶ったみたい。」
いたずらな笑みを向けられ、少し顔が熱くなる。その冗談に悪い気はしなかった。そういえば小さいころに言われた時もむしろ嬉しく感じていたっけな。俺の兄バカも筋金入りだな。そう思うと、思わず苦笑がもれた。
「お兄ちゃん私ね、今とってもしあわせ。あのヒトとは駄目になっちゃったけどね、日菜美がいて、お兄ちゃんがいて…それだけで本当にしあわせ。」
そう言って浮かべた葉月の笑顔といったら、この青い空の中であたたかく輝いている春の日差しすらも巻き込んで、俺の気持ちをも甘ったるい幸せの中に沈ませた。
「ほらお兄ちゃん、信号青だよ。行こう。」
その笑顔はしかし、次の瞬間、文字通り砕け散った。ドンッ………!
という音とともに葉月が視界から消えた。目の前を黒い影が高速で駆け抜ける。キィイィーーー!
一瞬遅れてけたたましく鳴り響いたブレーキ音で、目の前を通り抜けた影が信号を無視して突っ込んできた車だということに気付いた。
グシャ………ッ…
青い空に舞っていた葉月が、鈍い音とともに白黒模様のアスファルトに叩きつけられた。
葉月の頭部を中心に、みるみる赤い液体が広がっていく。慌てて車を降りてくるドライバー。周囲の人々の騒ぎ立てる声。生ぬるい春の風。ボンネットのへこんだ黒い車。痛いほど澄んだ空。鮮血の中にうつぶせに顔をうずめる最愛の妹。その中で俺はただ呆然と突っ立っていた。たった今目の前にあった笑顔は、どんなに探してもどこにもなかった。


 今の自分の状況に既視感をおぼえた。くたびれたベンチで、赤い光の中に浮かぶ『手術中』の文字を見る。既視感もなにも、6年前とまるっきり同じ状況だ。まるっきり同じ・・・
そう考えて、最も浮かべたくない想像が頭をよぎった。俺は頭をふってそれをなんとか追い出そうとした。そして祈った。6年前の葉月と同じように。強く、強く祈った。普段は神も仏も信じない俺だけど、今は神でも仏でも、閻魔でも悪魔でもなんでもいい。なんでもいいから、とにかく葉月を助けてくれ。今あいつは幸せなんだ。そう言って笑ったんだ。あの笑顔を奪ったりしないでくれ。あいつの幸せはまだ終わらなくてもいいはずだろ。だからお願いだ。あいつを、助けてくれ。やっと訪れた幸せな日々を、あいつから、そして俺から奪わないでくれ。どうか――――――――…


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