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『幸せな笑顔』
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『幸せな笑顔』-2

「じゃあ、日菜美のこと、お願いね。」
「あぁ。」
「じゃ、行ってきまーす。」
…まったく、なにが高校のクラス会だ。俺に子供の世話を押し付けて、大体まだ3時だぞ。今日中には帰るって言ったけど、それまでずっと俺一人であれの面倒みるのか。まいったねどうも。
 とりあえず日菜美を寝かしつけてしまおうと居間へ向かった。いつもはイライラするほど騒がしいが今日は珍しくおとなしい。俺はこれ幸いと、日菜美をソファーの上に寝かせ、そのまま眠らせようとした。幸いなことに俺には子供を寝かしつける技術があったらしく、日菜美はすぐに眠ってくれた。
 時計の針はもう7時を少し回ったところだ。夕食の支度が終わったところで、俺は日菜美を寝かしつけてある居間へ向かった。今までおとなしくぐっすりと寝てくれていたのでひどく助かった。あの暴れん坊が騒いでいたらそれこそ夕食の支度どころでは無かった。個人的にはこのままずっと寝かせておきたかったが、夕食を食べさせないわけにもいかない。
「おぉーい。ご飯だぞー。」
かけてやっていた綿毛布をはぐりながら呼びかけた。だが起きる気配は無い。
「おいってば。」
もう一度そう言って顔を覗き込んだら、様子がおかしいことに気付いた。頬は紅潮し、苦しそうに息を荒げている。もしや、と思って額に手を当てた。若干熱い気がする。俺は急いで立ち上がり、体温計を持ってきて熱を測った。
37.9度
かなりの熱じゃないか。チッ、どうして今日に限って風邪なんてひくかなあ。病院に行くにしたってこの時間、というか今日は日曜だし。仕方ない。多分ただの風邪だし、とりあえず俺のベッドで休ませよう。それと葉月に電話して早く帰ってこさせないと。
 日菜美を俺のベッドに寝かせ、多めに布団をかけてやり、額に冷水できつく絞ったタオルを置いておく。そこまですると俺は電話のある居間へ行き、葉月の携帯に電話をかけた。
Rrrrrrrrrrrr…………
♪♪・・・♪〜…………
耳元の受話器から聞こえる電子音とリンクして、右のサイドボードの上から聞きなれた音楽が聞こえる…
「あの、馬鹿…。」
思わず、溜め息のような声が漏れた。サイドボードの上でけたたましく音楽を奏でているのは葉月の携帯だった。何でこんな時に限って携帯を忘れていくんだ、まったく。昔からそうだ。普段は結構しっかりしているのに何故かダメをする時は肝心なところだ。仕方ない、葉月が帰ってくるまで俺が世話してやるしかない、か。大きな溜め息をつき、日菜美を寝かせてある俺の部屋へと引き返した。
 日菜美は相変わらず苦しそうに胸を上下させながら目をとじている。子供が風邪をひくとこんなに辛いものなんだな、と改めて思わされた。時計を見た。すでに12時をまわっている。 葉月はまだ帰ってこない。まったく、何をやっているんだ。自分の子供がこんなになってるっていうのに。
「うぅー……ん。」
日菜美がまた苦しそうに声を上げた。
「……ぁ…ぱぁ……。」
口が、何か言葉を紡ごうと、ぱくぱくと動いている。そっと耳を寄せてその言葉を聞いてみた。
「…ぱぱぁ……。」
パパ。確かにそう言っていた。何かを懇願するように何度も何度もその言葉を繰り返していた。その表情は苦しそうというより泣いているように見えた。そのうわごとを聞いて、熱に浮かされながら見ている日菜美の夢を想像した。胸がきつく締め付けられた。いつもの無邪気な笑顔の下に日菜美が抱えている悲しみに、このとき初めて気付いた。父親がいなくなった悲しみを、まだ3歳のこの子供はしっかりと理解し、抱え込んでいる。今までもこんなふうに夢にうなされたりしたのだろうか。葉月はこのことをきちんとわかってやっているのだろうか。そう思うと、同情と慈愛と愛情とが入り混じったような、泣き出したくなるような感情で胸が苦しくなった。何かを求めるように布団の上でうろつく小さな手をつかまえ、両手でしっかりと握り締めた。

 結局、葉月が帰ってきたのは2時をまわってからだった。俺は葉月が帰ってくるなり説教してやろうと思ったが、葉月は結構に酔っ払っていたので何をいっても無駄だと思い、説教は次の朝に持ち越すことにした。
朝になると、日奈美の体調はケロッと良くなり、いつも通りに笑っていた。でも俺は、いつもどおりにはその笑顔を見れなかった。その笑顔は太陽のように明るくて、同時にガラスケースのように脆くて壊れやすいものに見えた。



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