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眩輝(グレア)の中の幻
【大人 恋愛小説】

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神谷君ご乱心-1

 朝、二番目に出社して来た涼子が、挨拶もそこそこに「ちょっと新情報」と言って私の肩を叩いた。
「神谷君、結局特許部の子安さんと付き合う事になったらしいよ」
「え?」
 私は目を見開いた。
 食堂でカレーを食べながら、私の家でコーヒーを飲みながら、「人は顔じゃないから」と二度同じ事を言っていた神谷君が――。涼子は情報屋の威力を発揮した。
「どうやら子安さんが諦め切れなかったみたいで、ごり押ししたらしいよ」
「それどこ情報?」
「特許部に同期が居たじゃん、ダメガネの小太り」
 あぁ、とすぐに顔が浮かんだ。彼ね。
 涼子の人脈は広い。私は素の自分を出さない様に、最低限の人間関係に留めているので、自分の同期ですら顔が浮かばない事が間々あるが、流石に特許部の彼の顔はすぐに浮かんだ。名前は――知らない。
 おはようございます、と次々に居室へと人が入って来る中で、いつも通り眠そうな目をした神谷君も「おはよーございまーす」と挨拶し、「ぺた」と声に出して出席のマグネットを貼り、いつも通り席に着いた。ダルさの化身だ。私は涼子の顔を見たが、涼子は「昼休み」とだけ言って、自分のデスクに向かった。

 昼休み、食堂に行くと、早々と席を取っている神谷君を発見した。今日はラーメンとライスらしい。私は日本蕎麦を頼んだ。
 神谷君の席の対面に「失礼」と言って座った。神谷君は無言のまま少し顔を上げた。
「ねぇ、特許部の子安さんと付き合う事になったんだって?」
 蕎麦を少し箸ですくい、麺つゆに半分ほど漬ける。麺つゆを吸い上げた蕎麦は一本一本がキュっとくっ付いた。
「ん、あふっ。付き合う事になったみたいだね」
 まるで他人事だ。また「あふっ」と言いながらラーメンを啜った。パスタの乗ったトレイを持った涼子が私の隣に座った。
「ねぇ、子安さんと付き合ってるってホント?」
 私と同じ質問をされて、さぞうんざりだろうと思った。案の定、うんざりと言った顔でご飯を口に押し込んだ。
「あぁそうですよ、付き合う事になりましたよ」
 目線を一切こちらへ向けず、ぶっきらぼうに言うのだった。そこに「幸せ」という雰囲気は一切存在しなかった。
「へぇ、どんな心境の変化?」
 涼子はパスタを豪快に頬張りながら質問を続けた。
「そうだな、好きな人に振られたから、腹いせ」
 私と涼子は顔を見合わせて、プッと吹き出した。
「子安さんに失礼でしょう」
「つーか神谷君、好きな人に振られたの?それも災難だなぁ」
 人の不幸を蜜として吸い取るかのように、涼子は嘲笑った。
 彼は私達の方を見向きもせず、ラーメンを啜り、ライスを口に運ぶ。
「女はこういう話題が好きなのな。うんざり」
 そこへ課長が定食のトレイを持ってやってきた。
「僕も混ざって良いかなぁ?」
 私を挟む形で涼子と課長が座った。私は自分の頬が少し上気するのを感じた。それを神谷君は見ていた。少し軽蔑が混ざった眼差しで私をじろりと見たので、私は何とも表現し切れない、複雑な心境になった。
「ごちそうさま、お喋り共」
 そう言って乱暴にトレイを持ち、返却口へと歩いて行った。
「何なの、何が気に入らないの、アイツは」
「さぁ」
 涼子は怒り心頭という感じではあったが、私はただの照れから来るものなのかなと、単純に考えていた。
「何の話だったの?」
 急に爽やかな風が舞い込んで来たような課長の声に、場の雰囲気は一掃された。
「神谷君に彼女が出来たとかで」
「へぇ、そうなんだ。彼、いい男だもんね。女の子も放って置かないよね」
 唐揚げにタルタルソースをつけて一口噛んだ。横並びに座っているとよく見えないが、きっと深紅の唇に、少しついたタルタルソースをぺろりと舐める仕草は、私を興奮させるだろうと思った。あぁ、変態。

 食後にいつものベンチに座ると、少し離れた場所にあるベンチに、神谷君と子安さんが並んで座っていた。
 子安さんは隣に座る神谷君の顔を覗き込む様にして、しきりに話し掛けている様子で、その茶色く長い髪が左右に揺れていた。
 一方で神谷君は、彼女に視線を遣る事も無く、言葉少なにそこに座っている様に見えた。
「神谷君、仕方無く子安さんと付き合ってるって感じしない?」
 涼子は彼らのやり取りを遠くから眺め、私に言葉を求めた。
「うーん、少なくとも幸せなオーラは感じないね。何しろ、好きな人に振られた腹いせ、とか言ってたよね、彼」
「酷いね」
 私達の視線に気づいたのか、こちらを一瞬見遣り、彼女に何か言って立ち上がり、その場を去って行った。残された子安さんは目で彼を追っていた。少し気の毒だった。
「私達のせいかなぁ?」
「神谷君は結構女の子に対して無礼なんだな。私ならグーで殴る」
 涼子ならやりかねない。そう思った。


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