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One lives
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One lives-2

『君は特別なんだ』
誰かの声が蘇る。
それはとても鮮明に響く。
「どうしたの?」
無言の僕を、彼女が救い出した。
「ん?いや、何でもない。そろそろ行くよ」
言って腰を上げる。
「そう。それじゃ、休みの日には連絡ちょうだい。今度、久しぶりにデートしましょ」
「そうだね。それじゃ、おやすみ」
時計を見ると、九時半を回っていた。彼女たちにとって、それは一日の疲れを癒し、明日に備えるべき時間帯。けれど僕にとっては、日常の始まりの時刻。
空を見上げる。
薄暗い闇夜のなかに漂う、欠けた太陽。
それが照らす世界が、僕の全て。

はぁ。
息は驚くほど白い。蛍光棒を振り続けて、既に六時間弱が経過していた。体は芯まで冷え切って、二枚重ねのズボンも意味を成していなかった。午前四時前の道路には、ほとんど車の姿は見えず、こうして立ち尽くしている警備員は、いま世界で一番無駄な事をしているんじゃないか、とすら考えてしまう僕がいる。まぁ、あと数十分もすれば、家に戻り、熱いシャワーを浴びて、日本酒をあおりながら眠りにつける。
あたりは薄暗く、街はまだ動き出す気配すら見せない。
僕は、この空気が好きだった。
夜とも朝ともつかず、すべてがスロウに過ぎていく感覚。
ジジジ
仕事を終えようとする頃、無線が鳴った。
「はい」
「レイジか?すまん、ちょっと次の人が遅れそうなんだ。もう暫く、そこでやっててくれ」
時々、こういう事態に陥る。僕にとっては最悪の展開だ。
「寛治さん、僕は残業は一切しないって言ってるでしょう」
「そこをなんとか、寒いだろうけれど今回だけは、もう少し頑張ってくれ」
寒いとか、眠いとか、そんな事は問題じゃないんだ。
「いや・・」
「それじゃ、ほんのちょっとだから」
無線は切れてしまった。車の通りが少ないからといって交通整理がなければ、すぐに事故が起こるだろう。仕方なく仕事を続けることにする。
時刻は、五時十五分。
地平線のむこうから、太陽が昇る。
人通りが多くなってきた。ネクタイを締めながら、会社員が右から左へ。欠伸をしながらスポーツバッグを抱えた学生が左から右へ。
何かに押し出されるように、人々は生きていく。
けれどきっと、彼らには進むべき道が見えているんだ。
何かを望みながら歩み続ける他人と。
ナニモモタナイボクト。
ゆっくりと、朝日が昇る。
こんなに寒いのに、汗が伝う。
光が僕を蝕む。段々と侵食する。壊していく。氷でできた槍を頭の後ろから突き刺すような痛みと不快感。人で溢れる地球と、そこからこぼれていく孤独。
『そんなに震えて、かわいそうに』
そろそろ現れる頃だと思っていた。
「また君か」
『何がそんなに怖いんだい』
分かりきった顔で、彼は呟く。
「光だ、光が怖い」
『そうだね。君は光を怖れている』
それは諭すような語り口。
「そうだ、あの太陽が、僕を壊すんだ」
『太陽?』
怪訝な表情を浮かべる。
『本当に、そう思っているのか』
頭痛が激しくなる。まるで頭の中からハンマーを打ちつけられているように。ここから出せ、と誰かが叫んでいる。
『お前が怖いのは違う。あの太陽の光じゃない』
――― うるさい、黙れ
『気付いているんだろ?素直になれよ』
僕は視線を、通り行く人々に向けた。
『そうさ、やっぱり気付いているじゃないか』
どこかに向かう、そのしっかりとした足どり。
『あれだよ。お前を狂わせているのは』
――― 言うな、言わないでくれ

それは、希望の光だ

ガツンと、大きな音が頭の奥に響いた。脳の回線がいくつかショートした。
『お前には何もない。呆れるほど何もないんだ。それを知るのが怖い。感じるのが怖い。考えるのが怖い。ただ、他人を見ているだけで、お前は気付いてしまうのさ。自分は空っぽの存在だということに。何のために生きているのかって?そんなもんに理由なんてあるはずがないだろう。お前は、ただ生きているだけだ』
――― 違う・・・ちがうちがうちがう
『認めろ。そうすれば楽になれる。お前は、意味のない存在だ』
――― 僕は・・・
『この前の問いに答えられるのか?お前は、いったい誰に必要とされているんだ。家族?親友?まさかあの看護婦と言うつもりか?お前は彼女に心配されているだけだ。あの女だって昼間は違う男のことを想っているはずさ』
――― もう消えろよ、お前
『消えるのはお前だよ。お前は影だからな。光が照れば消え去るしかないんだよ』
頭が割れそうだ。むしろ割れてしまった方が楽かもしれない。


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