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もうひとつの心臓
【大人 恋愛小説】

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32 志保-2

 その時、ドン、ドンと何かを叩く音がした。
「何?」と鈴宮君を見ると「お隣さんじゃない?」と答えた。
 ドン、ドン、と何度も音がする。ドン、ドン、「オーイ、いるんだろー」ドン、ドン。
 ヒッと息を吸い込んだ。喉までせり上がった熱いものが、空気の出入りを邪魔して呼吸を困難なものにする。明良の声だ。
「どーなってんの?何で明良が隣のドア叩いてんの?」
 鈴宮君は首を傾げる。
「さぁ、何でだろう、部屋番間違えてるんじゃない?彼って慌てん坊なの?もう少ししたらお隣に訊いてみようか」
 ドアを叩く音が止んだ。明良が誰かと何かを話している声がする。内容までは分からない。
「そろそろかな。ちょっと待ってて」
 鈴宮君は携帯を持ってベランダに出た。誰かに電話をしているらしい。
 私はそわそわ落ち着かず、玄関を見たり、鈴宮君を見たりしていた。

 携帯を持って鈴宮君が戻ってきた。表情に何か余裕の様な物が見て取れる。
「良い事教えてあげるよ。ここ、俺の部屋じゃないんだ」
「えぇ?」
 ドン、ドン、という音が今度はこの部屋のドアからする。
「おーい、志保出せよ。俺の女匿ってんじゃねーよ。出せよ。すーずーみーやー」
 低く唸るような声で話す明良の声に、私は再びガタガタと震え始めてた。
 もう、そこまで来ている。バレている。
 ドンッとそれまでとは違った音がした。ドアを蹴っている。その度にドアポストの扉が揺れる。
「どうしよう、鈴宮君、どうしよう」
「大丈夫だから、もう少し待って、もうちょっとしたらドア開けるから」
「え?開けるの?」
「だって『鈴宮君』って呼んでるから」
 鈴宮君はちらちらとベランダの外を見ている。
 私は布団の横で小さくなって、鈴宮君の一挙手一投足を見ていた。
 鈴宮君の考えてる事が分からない。
 震えが止まらない。全身の血の気が失われて、指先まで真っ青になっているのが自分でも分かる。
 鈴宮君が、布団の上に置いてあった毛布を私の肩にふんわりと掛けてくれた。
 明良の声が恐ろしい。ドアを蹴る音が恐ろしい。
 毛布をギュッと掴んで、その手で耳を塞いだ。

「さて、そろそろ開けますか。志保ちゃんはそこから絶対に動かない事。俺を信じて」
 私の言葉なんて一切聞かず、そう言い残して鈴宮君はドアに近寄って行った。
 ドアの鍵をカチャリと開ける音がすると同時に、勢いよくドアが開いて明良が入ってきた。
 入るなり鈴宮君の胸倉を掴んで思いっきり殴った。
 吹っ飛ばされそうになるのを壁に手をついて必死でこらえて立っている。
 細い廊下は、明良の侵入を防ぐには好都合だろう。
 しかしこのままでは鈴宮君はボコボコにされる。
 その後ろで震えているしかない私は、明良に再び連れて行かれる。
「おい、志保返せよ、おれの物だよ」
「はぁ?いつからお前の持ち物になったんだよ。持ち物には名前書けって、先生に習わなかったのかよ。俺、気に入ったから拾っちまったよ」
 もう1発殴られた。それでも鈴宮君は立っている。
 私の所へ明良を至らせないように、狭い廊下で必死に壁を作っている。
 鈴宮君が何故こんなに挑発するような事を言うのか分からない。自分の首を絞めている様な物だ。
「そこどけよ。もう1発ヤるか?」
「ヤるって何だよ、俺そういう趣味ねぇから」
 骨と骨がぶつかる音がした。白い壁に赤いものが飛んだ。今までの二発より更に強い力で殴られたに違いない。
 それでも鈴宮君はそこをどかない。

 俄かに外が騒がしくなった。


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