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もうひとつの心臓
【大人 恋愛小説】

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18 朋美-1

 その日、志保ちゃんは薄手の長袖Tシャツを着てきた。
 数多の蝉が壊れた弦楽器の様な耳障りな音を発している。アスファルトからは陽炎が昇る。
 最高気温は35度を超える酷暑日に、どうしたんだろう。日焼けでも気にしているんだろうか、はたまた過剰な冷房を懸念しているんだろうか。
 それとも何か隠したい物がある、とか――。私は敢えてそれには触れないでおいた。

「新しいワンピースを買おうと思って」
 そう言っていた。私達は駅前にあるショッピングモールに入り、色々な店を見て歩いた。ノースリーブの着易そうな物、と志保ちゃんが言っていたので、それに見合いそうな物を一緒に探した。
「これなんてどう?似合いそうだけど。」
 グレーと紺の斜めボーダーが不規則に入った、ジャージ素材のワンピースは、色が白くて華奢な志保ちゃんに似合いそうだった。
「ノースリーブというかタンクになっちゃうけど」
「うん、これにする」
 ろくに検討もせずに返事をするので驚いた。
「え、試着は?」
 それなりのお値段がするワンピースだった。試着しないで買って大丈夫なんだろうか。
「うん、大丈夫。このサイズなら大丈夫だよ」

 以前私が買ったニットワンピースを志保ちゃんに譲った事があった。
 バーゲンで試着室は大行列しており、待てなかった私はデザインが気に入っただけでそのワンピースを購入した。
 帰宅して着てみると、お世辞にもスタイルが良いとは言えない身体のラインがキッチリ見えてしまって、それはそれはとても残念なワンピースになってしまったからだ。
 その時に志保ちゃんは「試着しないで買うなんてダメだよ」と私を咎めていた。
 華奢な志保ちゃんが私と同じような失敗を犯すとは考えられないが、それでも試着をしないで洋服を買う志保ちゃんの行動が、不可解だった。
 長袖Tシャツ。試着しないで服を買う。一体どうしだんだろう。


 その後、いつものコースでカフェ「ディーバ」へ向かった。
 通りには日焼け防止のアームカバーをしている女性や、それ用のカーディガンを羽織っている人は見かけたが、やはり志保ちゃんの長袖は少し浮いて見えた。

 各々がカウンターで飲み物を頼んだ。今日は窓際の席は空いておらず、先に品物を受け取った志保ちゃんは奥まったソファ席に座って待っていた。
「今日もカフェモカ?」
「うん、さすがにアイスだけどね」
 私は前回の挽回で、マンゴーフラペチーノを頼んだ。ひと口含むと、甘ったるいマンゴーソースが口に広がる。冷たさが一瞬、頭に衝撃を与える。
「昨日職場のバーベキューがあってさ」
「どこで?」
「多摩川で。めちゃ暑かった」
 昨日も酷暑日だった。あんな所で日光を浴びながら焼肉なんてやったら、自分が焦げてしまいそうだ。
「日焼けしなかった?」
「うん、先輩が朝8時から高架下を陣取ってくれてて」
 8時だよ?笑いながら志保ちゃんは言った。私もつられて笑った。
 カフェモカをひと口飲むと、少し、私の方までチョコレートの香りがした。

「そうそう、明良も一緒に行ったんだ」
「え?そうなの?凄い意外。一緒に行きそうもないイメージ。」
「何その勝手なイメージは」
 可愛い睨みを利かせながらニコニコしている。
 あの嫉妬深い彼が、職場のイベントに。
 まぁ、職場の面々を知る事で、要らぬ嫉妬が減って良いのかもしれない。そんな風に思った。

「で、楽しかった?」
 一瞬、志保ちゃんの顔が曇った。こういう陰りを見せる事が時々ある。特に、彼の話をしていると。
「うん、彼は営業職だから、結構色んな人と話を合わせて、うまくやってたよ。疲れちゃったかもね」
 私は志保ちゃんが楽しかったかどうかを訊いたんだけど。何故か彼の話になっている。
 志保ちゃんがカフェモカの入った紙容器を少し揺らすと、こちらの席までチョコレートの匂いがする。
「あぁ、カフェモカが甘すぎて喉が渇く」
 すみませーん、と志保ちゃんが手を挙げて店員さんを呼んだ。
 その瞬間、思わず「あっ」と声を上げてしまった。慌てて両手で口を塞ぐ。
 志保ちゃんの上げた腕の袖口から見えた手首に、真っ赤な筋が幾重にも渡ってついているのが見えた。
 私の手は無意識に震えていた。

「あ、お冷をひとつ、あ、ふたつ下さい」
 かしこまりました、と店員さんがカウンターへ戻っていったのを見計らって、震える手を志保ちゃんの手に伸ばした。
 志保ちゃんは手を引っ込めようとしたが、私がそれを阻んだ。志保ちゃんが息を呑む音が聞こえるような気がした。
「これ、どうしたの?普通の傷じゃないよね」
 両手を付き合わせた。内側だけに痕が無い。
「ちょっと怪我」
「怪我じゃないよ、これ。こうやって、縛られたんじゃないの?」
 痕が無い内側をくっ付けて、志保ちゃんを見た。自然に、鋭い視線になっていたと思う。
「ん、まぁそれはあれだよ、プレイ?そういうプレイだよ。恥ずかしい事言わせないでよ、カフェで」
 そう言って志保ちゃんは私の手を振り解いた。
 そう言われたら、これ以上追及は出来ない。プレイだと言われたらそれまでだ。
 彼にも、志保ちゃんにも、そういう嗜好があるのかも知れない。
 
 それにしても――嫉妬深い彼。このカフェでの目撃事件。バーベキューの事を話す時の、一瞬の陰り。腕の痕。
 私の頭の中には「DV」と言う言葉がちらついた。
 まさか意志の強い志保ちゃんが、そんな事に巻き込まれる筈はない。
 だがしかし、相手の彼は幼い頃から一緒に過ごした結びつきの強い相手だ。
 彼に対する愛情や情が強いあまり、拒否できない可能性も否定できない。
 
 私の勘は結構当たる(他の事で使いたい位なんだけど)。
 これ以上悪い事が起こらないように。そう思わずにはいられなかった。


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