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もうひとつの心臓
【大人 恋愛小説】

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15 令二-2

 ふと彼氏を探した。酎ハイを片手に少し遠くから、志保ちゃんが野菜を刻む姿を見ている。俺は彼氏に近づいた。
「手持無沙汰ですか?」
 彼氏は一瞬目を見開いたと思うと、すぐに笑顔になり酎ハイを一口啜った。
「そうですね、こういう時どうしたらいいんですかね」
「いいんですよ、お客さんだから。ゆっくりしててください。ほら、課長の娘さんもお客さんだから、川遊びしてますよ。一緒にやります?なんつって」
 川の方に目をやると、課長の娘2人は女子社員を連れて、川の浅瀬で水の掛け合いをしている。
 水が跳ねる音がすると、何となく涼しく感じるのがいつまでたっても不思議で仕方がない。獅子脅しの様なものか。

「俺ね、志保、あ、玄田さんの彼氏さん、えっと名前は何とおっしゃるんでしたっけ?」
「宮川明良です」
「宮川さんはもっととっつき難い、怖い人かと思っていました」
「え、そうですか?」
 宮川さんは困ったような笑顔を見せ、額の汗をハンドタオルで拭った。
「うん、何となくですけどね。お仕事は何をされてるんですか?」
 女性たちが刻んだ野菜をまな板にのせ、落ちないように鈴木さんの元へ運んでいる。
「営業です。これだけ暑いと、営業の外回りなんて、地獄ですよ」
 控えめに、綺麗に並んだ白い歯を見せて笑った。
「えっと鈴――」
「鈴宮です」
「鈴宮さんは研究を?」
「はい。志保ちゃん、あ、玄田さんには本当に助けてもらってます。彼女、仕事出来ますからね」
 へぇーそうですか、と笑顔を崩さないままで宮川さんは答えた。まるで張り付けたような笑顔だと思ったのは気のせいだろうか。
 俺は、宮川さんが俺の名前を半分でも知っていた事に少し驚いた。会った事も無いのに。
 志保ちゃんが宮川さんに、俺の話をしたんだろうか。

「肉焼けてる物から食ってってー」
 鈴木さんの声が高架下に響いた。
 川の方から子供の甲高い声と、砂利を踏む音が近付いて来た。野菜を切り終えた女性達は、お皿とお箸を配って回る。
「タレはここのテーブルに3本ありますー」
 志保ちゃんが大きな声で言った。
「我々も行きますか」
 張り付いた様な笑顔をそのままに宮川さんは無言で頷いて、肉に群がる集団の中に入った。あれは営業スマイルなんだろうか。
 俺は暑さのせいで笑う事にすら体力が削がれる。表情筋って鍛えられるんだっけ。

 焼きあがった牛肉を食べながら、鈴木さんと話す志保ちゃんに近づいた。
「彼氏さん、優しそうな人だね」
「さっき話してたね、二人で」
 宮川さんは課長につかまり、何やら話し込んでいる。
「もっと怖い人を想像してたんだけど、すっげぇ話しやすい人で安心したよ」
「ま、営業の人間だから、初対面の人とも簡単に話せるスキルはあるんだろうね」
 それは彼を誇りに思う語り口と言うよりは、少し皮肉が混じっている様に思えたのは、俺の勘違いだろうか。

「あれ、それ何の肉?」
 志保ちゃんの皿を覗くと、少し厚みのある白っぽい肉があった。
「鶏ももでしょ。って鈴宮君のお皿にだって同じの、置いてあるじゃん」
「あれ?同じ?ホントだぁ」
 もう酔ってんのー?と言って俺を肩でズンと押した。俺は酎ハイを1本飲んだだけなのに、よろけてその場に尻もちをついてしまった。
 周りの人がどっと笑った。いいんだ、俺はこういうキャラだ。皿の上の肉達は無事らしい。立ち上がろうと腕に力を入れたが、またよろけてしまった。
 「ほらっ」
 白く細い腕が差し出された。俺は遠慮なくその先にある手のひらに掴まり、身体を起こした。情けない。

 一瞬、いつか香った志保ちゃんの香りがした。別の意味でクラクラした。
 そう言えば今日は、志保ちゃんの笑顔が眩しい。普段控えめな笑みしか零さない志保ちゃんが、キラキラと笑っている。
 宮川さんと一緒にいると、やっぱり明るく笑うんだな。


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