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キャッチ・アンド・リリース
【大人 恋愛小説】

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6 本塁打-2

 「じゃぁ、ごめんね。荷物、頼むね。」
 モッシュピットに行くシノちゃんとレイちゃんの荷物を持って、私は最後列のドアに寄り掛かりながらライブが始まるのを待った。
 私は以前行った野外ライブフェスで、モッシュピットに入った際に、延髄蹴りを食らったのがトラウマになり、以降モッシュピットには近づかない事に決めている。何より、後方の方が落ち着いて観る事が出来る。ライブ好きではなく「音楽好き」には後方での鑑賞が向いている。短大の軽音楽部でベースをやっている私は、バンドを見るとベースに目が行く。

 ステージにライトが射し、ライブが始まった。歓声とともに、ステージにはバンドメンバーが続々と現れ、演奏を開始する。モッシュピットはラッシュアワーの山手線と言ったところか。私は演奏を聴きながら、サトルさんの事を考えていた。

 『是非、寄っていきなよ。ライブの話も、それから例の男友達の続報も、聴かせてください。おすすめの映画があるから、一緒に観よう』
 そんな返信を貰っていた。今日はライブが終わって食事をしたら、すぐに電車に乗ってサトルさんの家に向かう事になっている。お酒とか、買っていくべきかなぁ。映画観ながらお酒飲んで、私はこたつで寝かせてもらおうか。寝ないで朝を迎えてもいいや。そしてお礼を言って帰ろう。うん、それがいい。

 田口にとっての私の様に、サトルさんにとっての「女友達」になるんだ。

 金管楽器がステージのライトを反射してきらめく。私は金管楽器の経験はない。相当な肺活量が必要だと聞く。
 あんなに激しいスカパンク、音楽に合わせて楽器を振ったり、凄い体力だな。
 ユウの車で聴いたスカルディのCDの事が頭をよぎった。すぐに振り落した。ユウの事は桜の花と共に散らせたんだ。もう思い出さない。

 ライブが終わり、汗だくのレイちゃんとシノちゃんが戻ってきた。
 「荷物、ありがとうねー。後ろからでも楽しめた?」
 シノちゃんが首に巻いたタオルで汗を拭きながらたずねてきた。
 「うん、私、背高いし、見やすかったよ。チケット、どうもありがとうね」
 「前の方、凄かったよ。満員電車って感じ。あと、イケメンが沢山いた。なんでパンクのライブって、イケメンが多いんだろうねー」
 レイちゃんは通り過ぎていく汗だくの男達を見ながら言った。確かに、中身は別として、外見は素敵な男性が多い。でも、バンドTシャツを着て、一つのバンドに熱狂的になっている彼らを、少し冷ややかな目線で見てしまう自分がいる。
 音楽は「広く浅く」が丁度よい。

 荷物をまとめて外に出る。腕時計は22時を指している。サトルさんの家には何時に着くだろうか。ライブハウスより幾分涼しい夏の空気を大きく吸い込み、そして吐き出した。
 ライブハウスから歩いてすぐの所に小さなイタリアンのお店があったので、そこで夕食を食べた。
 シノちゃんもレイちゃんも「眉毛書かなきゃ」と言って化粧ポーチを取り出し、鏡に向かって眉毛を書き始めた。女の子って大変ね。地眉で生活している私はそう思う。
 シノちゃんはどこかのお国のクォーターらしく、お人形さんのように色白で、大きな瞳に高い鼻の美人さんだった。私ほどではないにしろ、背が高く、そして手足が長くて細い。
こういう人が、サトルさんの様な人と並んで歩くのに相応しい。

 さ、早く夕飯を済ませて、サトルさんの家に行かないと。
 「ミキちゃんは今日、家に帰るの?うちに泊まっていかない?」
 眉墨を持つ手を止めてシノちゃんがたずねる。眉が半分でも全然可愛い。
 「うーん、家には帰れなそうだけど、途中の駅の友達ん家に泊めてもらうんだ」
 「そうなんだ、今度レイちゃんと泊りにおいでよ」
 「うん、ありがとう」

 シノちゃんは人見知りをしない性格の様だ。綺麗で人見知りも無し。そして優しい。うーん、敵わない。比べても仕方のない比較対象に完敗して、もう悔しくない。嫉妬も出来ない。



 サトルさんの家までは渋谷から電車で一本。その終電に間に合うかどうかの瀬戸際だった。イタリアンレストランを出てタクシーを拾い、渋谷駅へ向かった。間に合わなければ、シノちゃんの家に泊まらせてもらえば良いだけの話なのに、どうしてもサトルさんの家に行きたかった。サトルさんに会いたくなった。

 私がサトルさんにとって、「女友達」になれるかどうか、確認したかった。あわよくば、それ以上になれるのか。少し、欲張った考えが頭をよぎった。人間なんて、そんなモンだ。一つ叶えばもう一歩先へ、また一つ叶えばもう一歩先へ。欲深いのだ。そうして失敗をして後悔する。

 終電間近の渋谷は、人もまばらだった。薄ら汗ばむ額から、すうっと汗が蒸発して、すれ違う空気が熱を奪っていく。軽く息を切らせながら東横線の改札をくぐると、まだ停車している電車が2本、あった。間に合った。
 そこからサトルさんの家がある最寄駅までの車中で、携帯音楽プレイヤーから流れるパンクロックに耳を傾けていた。





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