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氷炎の舞踏曲
【ファンタジー 官能小説】

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吸血姫のささやかな夢、についての記述。-7

 この国では、特権階級が正妻以外に愛人を持つことは、公然と認められていた。
 ただ、それには条件がある。
 愛人として囲う女性は、十八歳になるまで認められない事と、もう一つ。
 『処女を愛人としてはならない。』というものだ。
 とても奇妙な法律ではあるが、正妻の立場を守るためという理由で決められている。
 処女である事が美徳とされる正妻より、愛人は一歩劣った立場だと、差分付けるためだ。
 そしてまた、子どもの家督争いにも影響する。
 愛人として囲われてから、月のものが来る前に孕んだ場合は、子どもはその家の血筋とは認められない。
 つまり、愛人の子を自分の子と周囲に認めさせたいなら、愛人を作っても、しばらく通うのを我慢しなくてはならない事になる。
 政略結婚の多い特権階級では、酷いと、正妻とは初夜しかすごさない夫もいるからだ。
 そういう事情で、特に重要視されており、これを犯せば、時には王であっても裁判沙汰になる事さえある。

 サーフィの考えで言えば、そんな事くらいで、正妻のプライドを守ってやったというのは、おこがましいと思う。
 もし自分だったら、処女であろうとなかろうと、堂々と夫に愛人を作られたら、悲しい気持ちになるだろう。
 だが現実には、望んでではないとは言え、サーフィはソフィアを傷つける愛人の立場なのだ。
 今すぐにではないにしろ、そもそもサーフィ作らせたのは、いずれ愛人にする為。というのは、耳にタコができるほど聞かされている。
 十八歳以降も生きるつもりであれば、カダムが用意した適当な男に処女を犯され、その後で愛人として囲われるしかない。
 それを考えると、目の前が真暗になりそうな絶望感に襲われる。

 ソフィア王妃の侍女たちが、サーフィに棘のある視線を送っている。中には、サーフィの姿にあからさまに顔をしかめている者もいた。
 使用人達の中でも、ソフィア付きの侍女からは、特に風当たりが強い。彼女たちからすれば、サーフィは敬愛する女主人の敵なのだから。

 カダムは女に対しては、どちらかというと飽きっぽい性格だ。愛人として囲っても、三ヶ月でクビにすることさえある。それがサーフィに対してだけは、誰が見ても異常なほど執着しているのだから、無理も無い。
 王妃自身は、サーフィの事をどう思っているか、よくわからない。特に嫌がらせをされた事もなければ、庇われた事もない。まるで眼中にないとでも言わんばかりだ。

「サーフィ、大儀でしたね。」
 感情の読めない声音で、王妃がねぎらいの言葉をかける。
「そなたはもう下がって、傷の手当てをするがいい。陛下、宜しいですわね?」
 一応尋ねてはいるが、あきらかに決定を促している。
「……ああ。」
 苦々しさを無理に押さえている様子で、カダムが頷く。
 サーフィは深く礼をし、急いで立ち去った。

 このまま医務室に行こうかと思っていたが、正面玄関への石段へ足をかけたところで、呼び止める声がした。
「サーフィ。」
 ヘルマンが、立っていた。腕は何事もなかったかのように元通りになり、白衣も新しいものになっている。
「聞きましたよ。どうやら、立派にお勤めを果たしたようですね。」
「ヘルマンさま……。」
 ヘルマンの顔を見たら、涙が溢れそうになって、必死で我慢した。
「ところで、どちらに行くつもりですか?」
「あの……ケガの手当てを……」
「僕の研究室は、あちらですよ。」
 歩み寄ってきたヘルマンが、優雅な物腰で手を差し出す。
「ヤブ医者なんぞに手当てさせて、化膿したらどうするんです。」
「あ……」
 嬉しくて溜まらず、思わずその手を取ろうとして、胸元を押さえる手を離してしまった。 
 上布がハラリと下がり、真っ赤になったサーフィは、あわてて手を引っ込めて服を押さえる。
 ヘルマンがクスリと笑って、白衣を脱いだ。
 サーフィの身体が、長い白衣に包まれる。そのままひょいと、横に抱き上げられた。
「あっ!いけません、汚れます!」
 髪もドレスも、ほこりまみれ、血まみれなのだ。
「洗えば済む事ですよ。僕は洗濯も、けっこう得意でしてね。」
 どちらかといえば細身な部類なのに、サーフィを軽々と抱えたまま、ヘルマンはすたすた歩き出す。
 ヘルマンの低い体温が衣服越しに伝わり、ドキリと心臓が跳ね上がる。
 カダムに触れられた時とはまるで違う。
 心臓が壊れそうなほど動悸が激しくなり、ふわふわと甘い幸せな疼きに、全身が痺れる。
 それを隠したくて、両手で胸元をぎゅっと押さえた。
 しかし、それを見たヘルマンは、どうやら誤解したようだった。
 低く笑って、小さな声で囁く。
「慎み深い女性は嫌いではありませんが、幼女趣味もありませんから、ご心配なく。」
「こ、これは……その……」
 気づかれなかったのだから、それでいいはずなのに、今度はなぜか、ズキリと心臓が痛んだ。
 もう一度、ヘルマンは小さく笑う。
「ですが……そうですね。もう数年後なら、眼のやり場に困っていたかもしれません。」
「……え?」
「君は、とても美しいですから。」
 その言葉に、サーフィは眼を丸くする。
 胸がきゅうっと、締め付けられたような気がした。
 ついさっきの、ズキリとした痛みとはまるで違う、甘くてくすぐったいような感覚。
「そのような事……初めて言われました……。」
「こういう事をやたら口にする男は、信用しちゃいけませんよ。」
 冗談めかしたセリフに、サーフィも一緒になって笑ってしまった。
 そして、一層強く渇望してしまった、あの密かな願望を、心にそっと押し戻して、パタンと蓋をした。



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