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氷炎の舞踏曲
【ファンタジー 官能小説】

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吸血姫のささやかな夢、についての記述。-5

 王家の馬車を見失った騎士達のうち、一人は急いで王宮へと戻り、もう一人は必死で馬車を追った。 
 幸いというか、暴走した馬車に苦情を言う人間は多数いたから、すぐに馬車が向かったというスラム街を探し当てる事ができた。
 それでも、治安の悪いスラム地区まで来ると、馬車に苦情を言うどころか、情報が欲しければ金を出せという輩ばかりで、少々手間取る。
 自分が応援を呼びに行けば良かったと、騎士はすぐに後悔した。
 彼は最近、地方から王城へと出世移動したばかりで、王都に詳しくなかったのだ。

 やっとのことで、王家の馬車を見つけた騎士は、絶句した。
 地方の砦にも『吸血姫』の噂は流れていて、優秀な護衛剣士と聞いていたが、実際に見た彼女は、線の細い美少女で、拍子抜けしていた。
 ドーベルマンのような獰猛かつ冷酷な女軍人か、国王を色香で惑わし教会から庇護させている計算高い魔女を想像していたのに、これはまるで、たよりない愛玩犬だ。
 お気に入りの少女を手元に置いておくため、適当な口実をつけているのだと思っていたが……。
 ドレスの裾が翻り、白い革靴を履いた華奢な足が、ステップを踏む。
 サイドテールにまとめられた白銀の長い髪が、風にのって渦をつくりながら舞う。
 白刃がきらめいて、絶妙な角度で相手の攻撃を逸らしは、思いもよらぬ速度で突き出される。
 サーフィのあまりにも優雅な身のこなしは、さながらダンスホールでワルツを踊っているようだった。
 ただ、彼女が持っているのは扇ではなく抜き身の刀で、オーケストラ演奏の代わりに沸きあがるのは絶叫。
 死の舞踏を踊らされているのは、屈強な肉体をした人相の悪い男達だった。
 呆然と、騎士はその場に立ち尽くす。

 軍人?魔女?違う。そんな生易しいものじゃない。
 あれは……あれは……。
――猛獣だ。

 騎士として名誉を求めるでもなく、殺戮に酔い嗜虐の喜びを求めるでもない。
 ただ純粋に、生きるためだけに獲物を狩る、美しい白銀の獣だった。
 そして数分後、地面に両足で立っているのはサーフィだけとなっていた。
 手に持った刀から、ポタポタ赤い雫が地面に落ちている。
 御者を名乗っていた男も、見るからにガラの悪い男たちも、十人近くが、半死半生のありさまで、地面に倒れ付している。

「はぁっ……はぁ……」
 両肩で荒い息をついていたサーフィが、騎士に気がつき振り返った。
 大怪我こそ負っていないが、ドレスのあちこちが破れ、血が滲んでいる。
 だが、白銀の髪や頬にベットリついているのは、全て返り血のようだった。
 ふとサーフィが、頬についた血を、手の甲でこすり落した。
「ひっ!!」
 獣の美しさへ酔いひたっていた脳が、一気に冷える。
 “彼女は、悪しき吸血鬼だ。“
 ふいに、何回も聞かされた噂が脳裏に蘇り、思わず騎士の喉から、小さな悲鳴があがる。
 たった一人で国王を守ったのだ。彼女が普通の騎士なら、間違いなく大手柄と褒めそやしただろう。
 それについ先刻、騎士は確かに心から彼女を美しいと感じた。
 白銀の獣の狩りに、全身の産毛が逆立つほどの感動を覚えた。
 だが、人外のバケモノという潜入意識が、騎士の持つ評価感を、大きく変えた。
 もともと彼は迷信深いたちで、悪魔とか幽霊とか、そういった類が大の苦手だったのだ。
 一瞬とは言え、吸血姫を神聖なもののように崇めてしまったのは、とんでもない罪だった。
 神に背いて堕落する、背徳の行為だ……。
 無意識に、手で十字を切る。
「神よ……ば……けもの……」
 騎士のうめき声に、吸血姫の赤い瞳が、悲しげに伏せられる。
 だが脅えきって走り去った騎士は、それに気づかなかった。
 角の向こうから、大勢の馬蹄の音が近づいてくる。
 王宮からの援軍だった。
 それを見ると、サーフィは素早く刀をしまい、無言のまま馬車の中へと戻った。


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