E-5
「君のお父さんは?」
「……」
無言の回答に、林田は己の未熟さに腹を立てた。と同時に、少年の本心を知った。
手を差し述べてやりたくなった。
「お母さんと一緒に働きたいか?」
俯き、伏せていた哲也の目が、林田を捉える。
「うん……加勢してやりたい」
──哲也の心根を叶えてやりたい。
そう思った途端、林田はとんでもない事を口走っていた。
「だったら、俺が手を打ってやろうか?」
「えっ?」
「彼処に居る派手な格好したのが頭だろう。彼奴に言って、母さんと田植え出来る様に頼んでやろうか?」
「で、出来るのか!?」
思いもよらぬ提言に、哲也は目を輝かせる。
「出来るとも。但し、田植え休みの明後日までだ」
「そ、それでもいいッ、お願いします!」
──母親の手伝いが出来る。
哲也は手放しに喜んだ。が、林田は手助けと共に、釘を刺すのも忘れなかった。
「それと、もうひとつ。今日、作業を終えたら、河野さんに報告するんだ」
「えっ?……何で」
「君は彼女の教え子だろう。だったら、きちんと言っておかないとな」
「分かったよ」
「では、彼処への行き道を案内してくれ」
林田と哲也は、棚田へと向かう狭道を下って行った。
哲也が、林田の口添えで田植え作業に精を出している頃、雛子は、残り僅かとなった空き場を苗で埋めていた。
「先生!それ仕舞えたら、ご飯にするって」
先に上がったヨシノと母親は、農道に筵を広げて昼の準備に掛かっていた。
「私もいいの?」
「当たり前だ。母ちゃんがそう言ってる」
「ありがとう!本当はお腹ぺこぺこなの」
どうにか植え付けも終わり、雛子も田んぼから上がった。
冷たかった空気も、日が昇ると共に、何時の間にか心地よい陽気をもたらしていた。
雲雀が頭の上で、美しい鳴き声を明るく奏でている。
(のんびりとした中で、人間だけが齷齪している……)
雄大な自然の流れの中で、人間だけが自らの営みに汲々としなければならない日常が、何とも哀れに思えた。
「先生!ご飯だよ」
「あっ!ごめんなさい」
ヨシノの声に、雛子は感傷的な想いを胸にしまった。
「今日で仕舞いだからって、母ちゃんが黄鶏の握り飯作ったんだ!」
「うわあ!黄鶏ご飯なんて、久しぶりだわッ」
ヨシノに手を引かれ、雛子は家族の輪に加わった。
筵の真ん中には、黄鶏の握り飯に筑前煮、蕗の佃煮などが豪勢に並んでいる。