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「カオル」
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カオルE-7

「はい、はい!」

 ボールは、前衛の直樹と後衛の薫から等間隔の距離。二人は追って行く。
 ボールが床に近づく。直樹は追うのを止めた。が、薫は諦めない。さらに追い縋がる。
 床まで数十センチ。薫は、低い姿勢からボールに向かって飛び込んだ。右手を目いっぱい伸ばす。
 だが、ボールは、右手のわずか数センチ向こうで落ちた。

「薫君、凄いじゃない!」

 今のプレイを見た親逹から拍手が起こった。須美江も驚いている。

(あんなに必死の姿……)

 しかし、一番驚いていたのは間近で見ていた直樹だ。ボールに飛び込むなんて、教わって出来る事ではない。まして、ひと月位で。
 直樹は薫の中に、とてつもない物を見た気がした。

「惜しかったな」

 直樹は薫に近寄った。

「もうちょっとだったけど……」

 薫は残念そうな顔で、ボールが落ちた地点を見つめた。

「ほら」

 直樹が、倒れた薫に右手を差し出す。薫は、恐る々と手を伸ばした。
 掌が触れたかと思うと、力強く握られ、一気に引き起こされた。

「あ……」

 自分とは違う力強さに、薫は戸惑いを隠せない。

「薫は軽いなあ、ちゃんとメシ食ってるかッ」

 一方の直樹は、そう言って屈託のない笑顔を見せた。

「さあ、取り返そうぜ!」

 直樹がコートに戻って行く中、薫は握られた掌を見つめていた。


 練習が終わると、子供逹には床のモップ掛けやネット仕舞い、ボールの用具入れに返す作業が待っている。使った物は次の為にきちんとするのも練習の一環である。
 直樹は薫をネット仕舞いに誘った。

「此処に入ってひと月だけど、どうだ?」

 バーからネットを外しながら、直樹が訊いた。彼なりに心配していたのだろう。

「最初は、とってもキツくて……無理かと思ったけど。今は、面白いよ」

 薫はそう答えながら、バーの調整ハンドルを緩めようとした。が、固くて廻らない。

「ぐぎぎ……」

 仕方なく両手で必死に廻すと、ハンドルは急に緩み、バーの調整部分が勢いよく落ちて、金具が薫の指に当たった。

「痛ッ!」

 悲鳴にも似た声が挙がった。うずくまり、顔をしかめて痛みに堪えていた。直樹は慌てて、身体を寄せて覗き込んだ。


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