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侵略
【SF その他小説】

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〜侵略〜-4

 「わしらのセクションでは、敵の生態を観察、研究することで、生物的弱点や行動パターンの類推を目的としてきたが、いかんせん捕虜はおろか、死体すらない状況ではこれ以上の進展が望めぬ」
 老教授は淡々とした口調を崩さぬが、内心穏やかならぬ感情が渦巻いていたのだろう。次の言葉を発するまでに、幾分の間があった。
 「‥仮に捕虜があったとしても、この局面に至っては戦況を打破できるだけの成果は望めぬ。よって生態研究部門は研究を中断し、わしらに回される予算は展望が望める他部門か、軍部に回して頂きたい」
 追従するかのように、言語分析班の女性学者が慌てて口を開く。
 「言語分析班も同様でございます。この分野の研究は、最低限の解読側の協力が必要となります。それが望めぬ以上進展には限度がありますし、今敵の言語が理解できたとしても、戦況を打破する力はございません。どうか生態研究班と同様の措置をお願いします」
 これが口火となり、他部門の学者達も次々に同じ文言を申し立てる。参謀長官はこれ以上の展望が望めぬと知るや、学者達を制し将軍に向き直る。
 「将軍、残念ながら学者陣の成果は望めぬようだ。我々には後どのくらいの戦力が残されているか、報告を願いたい」
 巌のごとき表情を張り付けたまま、将軍は一同を見渡し、重い口を開く。
 「先日の侵攻で受けた、物資、人員の被害は甚大だ。戦力‥と呼べる代物は、戦争開始当時の15%に満たぬ。わかりやすく言えば、出撃は後一回が限度。死のうが生きのびようが、それで最後だ」
 大きなどよめきが会議室を揺るがす。彼らは決して楽観的ではなかったが、それでも将軍の報告は予想を上回っていたのだろう。
 「正直に言おう、貴様らの成果だけが一縷の望みだったのだ。もはや我らに希望はないが、軍部は最後の一兵に至るまで、本分を全うする所存だ」
 将軍の言葉に耳を傾けている者は少なかった。迫りくる死の恐怖に怯え、悲嘆と沈鬱の入り混じった雰囲気が場を支配する。言語学者の女史が悲鳴じみた啜り泣きを始めると、辺りにパニックが伝染し、緊張のボルテージが一気に高まる。
 「諸君」
 収拾がつかなくなりかけた会議場に、力強い声が響く。
 場内は水を打ったように静まりかえり、全員の視線が声の主に注がれる。多くの絶望や焦慮、何より希望を求める視線を、この司令部の最高指導者たる男は受け止めていた。
 「最高司令官殿より訓示を頂く、皆、着席されよ」
 参謀長官の言葉は権威を伴い、場に居合わせたものを従わせる。軍籍に身を置いている以上、司令官の決定が彼ら全体の決定になることを、理解してない者はいなかった。
 それまで微動だにせず会議を聞いていた司令官は、静かな口調で己が考えを、ひいては彼らの運命を口にした。
 「‥彼我の戦力差は圧倒的だ、最早勝利は望めまい」
 それは敗北宣言に等しい言葉。だが、否定できる者はこの場にいなかった。


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