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天使に似たるものは何か
【SF その他小説】

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天使に似たるものは何か-4

「アンドロイドは人間に危害を加えてはならない。アンドロイドは人間に危害が加わる事態を看過してはならない。アンドロイドは以上二項に抵触しない限り、自分の身を守らなければならない…」
 R・ミシェルの言葉に、我が意を得たりと頷くマクグーハン。
「その通りだ。もし仮に三原則に違反すればこの文字が現れる。そして、この警告を無視して行動すると…いや、そんなことはどうでもいいな。少なくとも三原則の機能は正常に働いているし、後は簡単な問診をすればいい」
 マクグーハンはそう言うと、R・ミシェルの頭部からコードを取り外し、パソコンを黒い鞄の中にしまいこんだ。頭からコードが取り外され、ほっと一息つくR・ミシェル。
「さて、それでは僕の質問に答えてもらうよ。いいかい。まず最初の質問だ。人間に不快な感情を抱いたことがあるかい?」
「いえ」
「人間に嘘をついたことは?」
「ありません」
「人間はアンドロイドよりも劣っていると考えている」
「いいえ」
「アンドロイドは人間に虐げられている」
「いいえ」
「君は自分がどうして生まれたのか訊ねたそうだが、それはどうしてだい?」
 マクグーハンの質問に、これまでよどみなく応じていたR・ミシェルはしばし考えた。
「私は…此処にいる自分がいつから居て、これからどうなっていくのか知りたかった。こうして頭の中で考えている自分が何なのか知りたかった。私の存在はいつから始まって、いつか途切れるのか…」
 R・ミシェルは自分の中の語彙を使って、出来得る限りの説明を試みたつもりだったが、果たして、それがマクグーハンにうまく伝わったかは不明であった。しかし、マクグーハンはしばらく考え込んだ様子を見せると、深い息を吐き出して、特に問題は見られないと判断した。
「多少、他のオートマトンとは違い、やや風変わりで哲学的な性格の持ち主だけど、人間に危害を加えるような性状の物ではないし、初期不良とは言えないだろう。自分の存在意義に思いを馳せることはどんなオートマトンでも無意識に考えていることだし、人間だって御同様だ。誰でも一度は考えることで、R・ミシェルの場合はそれが今だと言うだけのことだよ」
 そう言ってマクグーハンは、R・ミシェルの傍らに立つR・ロビンに視線を移した。不安そうに見守っていたR・ロビンは、その言葉に安堵の溜息をもらしたが、当のR・ミシェルはあまり事態が飲み込めてはいなかった。
「ありがとう御座います、ドクター。お礼を申し上げますわ」
「何もお礼を言われることはないよ。僕は事実を述べただけだ」
「いいえ、私にはここの女の子たちすべてに責任がありますから。オートマトンの立場で彼女達を養護できるのは私だけですもの…」
 そう言って、R・ロビンはR・ミシェルの頭を優しく撫でた。訳もわからず、R・ロビンとマクグーハンの顔を交互に見比べるR・ミシェル。
「さて、特に大事もなかったので僕はここの支配人に報告をしてくることにするよ」
 マクグーハンはそう言うと機材を全て鞄の中に戻し、立ち上がり、R・ロビンもいそいそとそれに従った。事態がよく飲み込めていないR・ミシェルはしばし二人が立ち去った後を呆然と見つめていたが、やがてベッドの上にごろりと仰向けになって天井を仰いだ。
 天上は高く、遠くに見え、シャンデリアの光が目に染みる。現実感を伴わない自分の存在と、自分の回りの世界を空虚に感じながら、R・ミシェルは休眠サイクルへと移行する。耳の奥底で、まだR・ロビンが何事か囁いているように感じながら。

「それで、特に問題は見られませんでしたので、ここに診断書を書いてお渡しします。同様の所見を私の方から剣菱の方へ渡しておきますので、ミスター・エディングトンは何も御心配なさらなくて結構ですよ」
 そう言ってマクグーハンは人の良さそうな中年男に、自分の書いた診断書を見せ、彼の目の前で封書に入れて手渡した。その診断書を、マクグーハンは額の汗をハンカチで一度拭ってからそれを受け取った。
「やあ、マクグーハン博士、わざわざ御足労頂いてありがとう御座いました」
 そう言ってマクグーハンに握手を求めるエディングトン。
「私も自分で些か神経質だとは思うのですが、あれは剣菱が最新の技術を投じて造った新型機ですし、前評判も非常に高い。初夜権を賭けたオークションも問い合わせが殺到していますし、それが欠陥品と言うことにでもなれば剣菱の信用問題にも関わります。その辺りのこと、何卒お察し下さい…」
 そう言うとエディングトンはマクグーハンにくつろぐよう勧め、R・ロビンにお茶を用意するよう頼んだ。
「熱いアールグレイを頼むよ」
「お茶請けにスコーンをお持ちしますわ。ラズベリーのジャムでよろしかったかしら?マクグーハン博士は、スコーンはお嫌いではありませんよね」
「あ、ああ、いえ。僕も甘い物は好きですから、スコーンも大好物ですよ」
 マクグーハンの言葉に、R・ロビンは静かに頷き、お茶の用意のために部屋を出た。


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