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刻を越えて
【SF その他小説】

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刻を越えて-9

倉本圭子偏

 悠ちゃんのことなら何でも知っている。表情から考えていることだって分かる。
悠ちゃんが強く在り続ける理由だって。泣き虫だった私を護るためだ。
小さい頃から私はよく泣いた。多分一生かけても流せない程の涙の量を流した。
見かねた悠ちゃんはいつも私を護ってくれた。そうする事が自分の義務であるかのように。そうする事で何かから許しを得ているようにさえ、幼い私には見えた。
幼心にもわたしはこの先ずっと、私を護ってくれる悠ちゃんを見守り続けようと心に誓ったものだ。彼と口に出して約束もしたかもしれない。
 剣道をはじめた悠ちゃんは一年で頂に登りつめてしまった。
その頂を他の人が制覇することは決してないだろう。
剣道に楽しみを見出せなくなって、瞳の輝きを失っていった。
 九十九連勝を達成した日に何があったのか?
明らかに悠ちゃんの態度はおかしかった。
練習試合でも「心ここにあらず」だった。試合は十秒で終わったけど。

 私は走っている。**公園を目指して

 悠ちゃんの叔母が数年前に亡くなっていることくらい知っていた。
それでも話を合わせたのは、どうしても私を連れて行ってくれないことを知っていたから。悠ちゃんは結構強情だから。
嫌な予感がした。
耐え切れずに悠ちゃんの家を訪ねた。そこで悠ちゃんの親に手紙を見せられた。
ただ「知り合いに会ってくる」と言って家を出たという。竹刀を抱えて。

 不安が大きくなっていく

 住宅街から、そして街からも遠く離れた、さびれた公園。
近づくにつれ、何かがぶつかりあう音が木霊する。電灯は無く、それに体当たりしていく虫も当然存在しない。大きな木の影から、小さな月が照らし出す二つの影を見た。
二つの黒い、黒い影を。真剣を振り回す二人。声が出ない。足が動かない。
止めたいけど止められない。
飛び出したいけど飛び出せない。
ああ、これじゃ、あの時と同じじゃないか。

 ふいに悠ちゃんと目が合った。
――― 瞬間
ザッ!
彼の肩に鉄の塊が食い込んだ。
「どうして?」
彼の目がそう訴える。私の口からも同じ言葉が溢れ出す。
たまらず、私は駆け出した。
「やめてええ!!父さん!!」
ザンッ!
そして彼は喉もとを切られた。
――――― ぱきっ
私のなかで何かがはまる音
私のなかで何かが崩れる音


どうして忘れていたのだろう。どうして思い出せなかったのだろう。
どうして忘れたままでいられなかったのだろう。どうして思い出してしまったのだろう。
私はかつて彼を「父さん」と呼んでいた。
悠ちゃんを殺した彼を「父さん」と呼んでいたのだ。
                
ああ、また同じ過ちを繰り返す
また大切な人を失っていくんだね



倉本圭子偏了


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