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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-84

第三二話 《変後暦四二四年二月三十日》


 殺風景な部屋。光源は扉に開いた小窓から差し込む光のみ。独房とでも言うべき部屋に、エリックは閉じ込められていた。アルファに殴りかかった後、エリックは警備兵達に拘束され、この部屋へと放り込まれたのだ。それまでの経緯は、よく覚えていなかった。
『お前がクリスを……っ!!』
 エリックがアルファを殴打しながら、叫んだ台詞。それも、遠い事のように感じられた。
壁にもたれかかったまま座り、エリックは思いを巡らせる。
ジンジンと痛む右拳は、未だにアルファを殴りつけた感覚を記憶している。自分では気にしていないつもりだったが、やはりこうして実際に会ってみると、どうにもやるせない感情が込みあがってきてしまうのだ。アルファさえ居なければ、そう考えてしまう。
「……クリス……」
 ポツリと呟き、顔を伏せる。彼女が生きていたなら、今の自分をどう見るだろうか。
敵討ちを望むのだろうか、それとも………
そこまで考えて、エリックは自分がアルファに対して抱いた激情の一端を知った気がした。
(…嫉妬…だったのかもな……)
 クリスが最期に呼んだ名は、エル…アルファの名前。
自分を殺そうとしている者の名を咄嗟に呼んだのか、それとも別の意味か……
そこまで考えて、エリックはかぶりを振った。クリスは既に死んだのだ。そんな事に拘って何になるのか。ルキスのおかげで、自分は今を生きられるようになった筈だ。
(それなら何故俺はX2達と離れた……?何故今此処に居る?)
「…くそっ!」
 自分が何を考えているのか判らなくなって、エリックは苛立ちを露にする。
もう、何も判らなかった。自分の行動が正しいのかも、どうすればいいのかも。
どこから自分はおかしくなったのか。エリックは考える。X2に会った事で、精神的に不安定になってしまったのだろうか。
(いや……)
 クリスと共に過ごした時間は、大したものではない。それでもエリックの心の奥にはクリスが居て、それが深く根付いてしまっていた。それを無理やり剥がされた時点で、自分はとうにおかしくなっていたのかも知れない。エリックはそう思う。
クリスと出会っていなければ。エリックはナビアの兵士として戦争終結を迎え、今回の事件を捜していたかもしれない。
クリスが死ななければ。今頃二人でルゥンサイトに行って、戦争などとも関わりの無いささやかな生活をしていたのかもしれない。
…しかしそれこそ、考えてもしょうがない事である事を、エリックは自覚している。
空想に終始浸っているような自分を、エリックは許容しなかった。
しかし現実から逃避する以外に救いがあるかと言えば、それは思いつかない。
拷問にも等しき、煩悶。それに耐えかね、エリックは頭を抱えて蹲る。
「……くそ……くそ……っ」
 もう嫌だった。こんな精神的苦痛を感じるのはまっぴらだった。
どうすれば苦しまずに済むのだろう。いっそ壊れてしまいたかった。
「……助けてくれよ………クリス………」
 相手の無い哀願。地下で、折れた自分を抱きとめてくれたクリスは、もう居ない。
「く……ぅ………」
 孤独。その闇と心の痛みに苛まれ、エリックは嗚咽を漏らした。


 「……居ますか?僕です、エリオットです」
 エリックの耳に声が届いたのは、エリックがいつの間にか眠ってしまっていた頃だった。
傭兵時代の習慣で、睡眠時も物音に敏感になっていたエリックは、目を開ける。
「…何の用だ?」
 ぎろりと声の主…小窓から、エリックが居る部屋の中を覗いているアルファを睨み付けながら、ぶっきらぼうに答える。今こうして見ると、やはり苛付いてしまうのだ。
「エリックさんって、前に基地で会ったエリックさんだったんですね」
「だから何だ?」
 とことん暗い雰囲気のエリックを和まそうと思ってか、話題を振るアルファ。
それをエリックは一蹴し、ぷいと顔を背ける。正直、アルファの顔を見ていたくなかった。


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