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スプーン・ポジション
【女性向け 官能小説】

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隣のオンナ-9



部屋のクリーニングは思ったより大掛かりなものになった。


適当に掃除機で吸わせて拭けばいいと思っていたのだが、不動産屋に確認したところ、消火剤というのは掃除機も水も使ってはダメなものらしい。


結局業者に入ってもらうことになり、なんとか今日中に住める状態にはなったが、なんだかんだで結構な出費になった。


「ったく―――あのお節介な女のせいでどえらい出費っスよ」


ずらりと並んだ弁当折にほかほかと湯気のたつ白飯を詰めながら、俺は昨日の出来事の一部始終を寺島に愚痴っていた。


基本的に俺の仕事は出前の配達と会計ぐらいなのだが、今日のようにまとまった数の注文が入った時は、盛り付け作業を手伝わされることもある。


独身時代はもちろん、結婚してからも台所に立ったことなど一度もなかった俺は、厨房に入ることに対して未だに違和感が消えない。




「―――んで?その隣の女って、イイ女か?」


寺島が揚げたてのチキンカツの入ったバットをこちらに渡しながら聞いてきた。


こんがり揚がったきつね色のカツからは、微かにプシプシと油の弾けるような音が聞こえ、香ばしい匂いが立ち上っている。


「店長、今の話ちゃんと聞いてました?んなガサツで高飛車なヤツがイイ女の訳ないっしょ」


俺の憎々しげな口調に寺島はカラカラと愉快そうに笑った。


寺島に女の話をすると、それがどんな話だろうと必ず毎回「イイ女か?」と聞いてくる。


イイ女だと答えるほうが寺島も聞き甲斐があるのだろうが、昨日の女に関しては、どんなに顔がベッピンだろうと「イイ女」だとは言い難い。


「でもボヤですんでよかったじゃねぇか。その女の言う通り、もし火事にでもなってたら今ごろ笑えないぜ」


「いやいや、そのために警報器がついてるんスからそうなる前に誰でも気づきますって!現に昨日もそれで気づいてたんスから」


俺は怒りを新たにしながら、刻んだキャベツの上に大振りのチキンカツを重ねて二枚ずつ並べた。





「―――よっしゃ上がったな!んじゃあ大急ぎで出前頼むぞ!」



寺島は、熱々の弁当を手際よく保温バッグに収納すると、きっちりとファスナーを閉めてから俺にポンと手渡した。


「はい、えーと―――場所は?」


「T産業。十二階の第四会議室だ。今日はサボんなよ!」


「―――了解っス。じゃ、いってきます」


T産業―――。


その言葉に少しだけテンションが上がる。


もしかしたら「ユウキ」の姿を見られるかもしれない。


いやもちろん、会ったところでどうこうするというつもりはないが、あの女が実際どういう顔なのかこの目で確かめたいという気持ちはある。





正面玄関は締まっているから、守衛に許可証を見せて通用口から薄暗いロビーに入った。


エレベーターのボタンを押そうとすると、三基のうちの一基が、ちょうど上から降りてくるところだった。


出前先で、その会社の社員に遭遇するのはあまり好きではない。


スーツ姿の奴らに見下されているような気がするからだ。


数ヵ月前までは、俺もそちら側の人間だったんだ―――。


聞かれてもいないのに、つい言い訳したくなる。


そんな自分が小さくて情けなくて、嫌になるのだ。


チン――――とベルが鳴って、エレベーターの扉が開く。


出来るだけ卑屈にならないように、精一杯胸を反らして出てきたヤツの顔をチラリと見た。




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