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そんなこと言わないで
【同性愛♀ 官能小説】

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全一章-4

 もう大分遅い時刻なのに、ご主人はまだ帰ってきませんでした。でも構わない。私は腕まくりをし、先ず、納戸にしまわれていた来客用の簡易ベッドと寝具を舞衣ちゃんの部屋に運び、ドア近くにセットしました。
 部屋は8畳ほどの広さで、舞衣ちゃんのベッドは窓を頭に壁に添っており、足下の部屋の隅に、介護用品が詰め込まれた棚とタオルウォーマー(蒸しタオル機)が見えました。これは百人力に等しいものです。先ほど入ったときには気付かなかったなんて、余程舞衣ちゃんに気を取られていた証拠で、<冷静さが足りないよ三奈子>と自分を叱りつけました。
 それだけを確かめると、舞衣ちゃんには一言の言葉もかけず、物も動かさず、着の身着のまま、臭気に耐えながらベッドにもぐりました。
 布団をかぶって、少しでも臭気を減らそうと試みましたが、ベッドを入れた瞬間から、寝具の全てはその臭気を吸い込んでおりました。でも、舞衣ちゃんに背を向けてその臭気に耐えながら、今日は何か食べたのかしら、水は飲んだのかしら、どこか痒いところがあるのではないかしら。そして、こんな部屋で、動かない下肢を恨みながら、どのような気持ちで毎日を過ごしていたのかを思いやる余裕が出てくると、涙が止めどなく溢れてきました。
 舞衣ちゃんは多分、すでに自分でありながら自分ではない自分になってしまって、何も感じなくなっているのかも知れません。下肢の気持ち悪さだって、頭で感じないはずはなくとも、自覚しない、いえ、自覚したくない神経になってしまったのでしょう。綺麗な子、可愛い子と言われてきた自分が<オムツ>なんてどうして認められるでしょう。
 身動きできなかった病院ならいざ知らず、甘えられるはずの両親の元へ帰ってみると、娘の変わり果てた姿にただオロオロするばかり。為す術も知らず専門の介護士を呼ぶ。当たり障りのない言葉で慰める他人の言葉。それは、両親への甘えのために弱くなってしまった気持ちを逆撫でするようなものです。かといって、自分でも、何をどうすればこの地獄から抜け出られるかなど分かるはずもなく、心を閉ざしてしまったのに違いありません。
 鋭く刺すような目を優しい目に置き換えてみると、晴れやかな制服に身を包んで、同級生たち、男の子たちの羨望の目を一身に集めて、桜の花散る下を駆け足で校舎に向かう舞衣ちゃんの姿が脳裏に浮かびました。それは、私が求める美しい女性であり、私の恋人であり、最愛の人になるべき女性のように思えるのでした。
 私が自分の身に置き換えて考えてみても、女性としての本能を消し去ってしまいたいほどの悔しさがよく分かるのです。でも、分かっちゃいけない、同情してはいけない、鬼軍曹にならなくては・・・と、あれやこれや止めどのない思いが頭の中を駆け巡るだけでした。
 私は泣きながらも、次第にこの部屋の臭気に慣れだしてきた自分を意識しました。

 白々と夜が明け始めた頃、ほんの少しですが熟睡できたようでした。頭の中のモヤが消え、身体の中に力が漲っているのを感じました。
 思い切り布団をはねのけて起きあがると、窓から点す光りの中に、埃と臭気が部屋中に舞い上がるのが見えました。
 瞬間、舞衣ちゃんのベッドを振り返りました。例の刺すような目が、起きあがった私を睨み付けておりました。
<どうせ上半身しか動かないんでしょ? 私をやれるものならやってごらん>。心の中で悪態をついてみました。

 私は髪を巻き上げ、マスク状にタオルを巻いて縛り、先ず、黄ばんで見えるレースと遮光カーテンを引きちぎって窓を全開しました。
 細い朝日が斜めに部屋を照らすと、今日一日の段取りが頭に流れ出しました。
 私はゴム手袋をすると、大きなゴミ袋10枚ほどに空気を入れ、片寄せておいた散乱物を選り分けることもせず、全てゴミ袋に詰め込んで廊下に出しました。舞衣ちゃんの大切な想い出もあるかも知れないと思いながらも、一切の斟酌はしませんでした。



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