悪魔とオタクと冷静男-15
「いっちーだらけ過ぎだよ。もっとシャキっとしなよ」
「ほっといてくれよ。疲れたんだ」
「なに言ってんの。まだ朝だよ？」
「起きてすぐ騒いだら普通は疲れる」
「それはいっちーが起きるの遅いから悪いんじゃん。普通の人はとっくに起きてる時間でもまだ寝てるから」
「知ってるなら起きてる時に来いよ」
「だって、思い立ったが吉日、ってよく言うじゃん」
「ちょっとは迷惑かどうか考えろ」
「考えたよ」
「じゃあなんで来たんだよ」
「みんなで行ってやるのに喜ばないやつは、文学部…いや、人間として失格の畜生だ！って長谷部先輩が」
「……」
「あと、美少年の寝起きの顔は、天然記念物よりもずっと貴重なんだってさ」
「……」
「えーっと、それからねぇ」
あごの辺りに人指し指をあて、思案顔になるつばさ。
「まだあるのか…」
「うん。…あっ、そうそう、遠矢さんが、恋には突然が必要なんですって言ってた」
くっ、あいつ余計なことを。しかも、よりによってつばさ本人に言うとは…。
「遠矢さんいっちーのこと好きみたいだね。やったじゃん」
「…あんなやつに好かれても微塵も嬉しくない。できれば関わりたくないぐらいだ」
「え、そうなの？結構お似合いだと思うんだけどなー」
ありえない話だが、もしも付き合うことにでもなったりしたら、毎日が地獄だろう。
そんな事を考えていたら、思わず声が出てしまった。
「…ああいうタイプはどうも苦手だ…」
「…え？」
自分では小声のつもりだったが、つばさにはしっかりと聞こえたらしく、僕の方を見ると一拍置いてクスクスと笑いだす。
その仕草は自然で、それなりに可愛い…。けど同時に少し腹も立った。
「…なんで笑う」
「だっていっちー、すごい顔して言ってたんだもん。苦虫を噛み潰してます、って感じでさぁ」
「それが笑うほどのことなのか？」
「当たり前だよ。だってさぁ――くっ、あははははっ」
…思い出し笑い？そんなに面白い顔だったのだろうか。
つばさの笑顔を見るのは悪くはないが、これは少し、いや、かなり複雑な心境だ。素直に諸手をあげて喜べない。
「…笑いすぎ」
「あはは、ごめんごめん。でもいっちーも悪いんだよ」
「何でそうなる」
「だってあんな、思い出しただけで笑えるような顔するから」
目尻に浮かんだ涙を拭いながら、当然のごとく言うつばさ。
「……」
「あー、写真に撮りたかったなぁ…。ねえ、もう一回あの顔してくれない？」
「絶対に嫌だ」
「えー、けちー。別にいいじゃん、減るもんじゃないし」
「けちじゃない。自分を笑われて喜ぶのは芸人ぐらいだ」
「じゃあ今から芸人になってよ〜。笑ってあげるからさ」
「……」
「あ、でもいっちーにはムリかなぁ。暗くてひきこもりだし」
「……」
なら言うな、このアホ。と思ったが、言ったら確実に藪蛇になるので、心のなかだけで抗議する。
思うついでに、神に助けを請うてみたが、当然と言うか、誰も助けになど来ない。
…嗚呼、神様。もしいらっしゃるなら、なぜ僕を愛してくれないのでしょうか？
なんて悲劇の主人公ぶってみたりして。
……。
……。
…虚しい…。
「ねぇいっちー」
自分のアホさ加減を悔やんでいると、つばさが、珍しく控えめに話し掛けてきた。
「……なんだ」
「あ、あのさ…」
自分でも驚くほど不機嫌そうな声。
そのせいか、つばさは何か言いかけたが、結局すぐに黙ってしまった。
慌てて、普通の調子でもう一度聞く。
「何か用か？」
「…あ…えっと…」
それでも、まだこちらの様子を伺うように見てくる。
その視線には覚えがあった。昔から、こんな風に見てくるときは大抵、僕が本気で不機嫌になり、その原因につばさが絡んでいるときだ。
普段はあんなだが、つばさなりに罪悪感を感じるのだろう。
だが今回はまったく悪くない。そのことぐらいは伝えるべきだろう。