悪魔とオタクと冷静男-14
「…つばさ、話し合いの続きは家の中でいいだろ。遠矢と先に入ってろ」
「いっちーは?」
「先輩が止まったら連れていく。適当に飲み物用意しとけ」
「えー、たしか今飲み物切らしてるんじゃなかったっけ?」
「…そうだった。だけど探せばお茶ぐらいあるだろ」
「私、今日はお茶よりオレンジジュースの気分だなぁ」
ワガママだな。本当に高校生か?
「そんなもの我が家にはない。我慢してお茶でも飲んでろ」
「えー!」
「文句あるなら自分で買いに行け」
「じゃあ買ってくる。いっちーお金出してくれるよね?」
「…いいけど、五百円までにしろよ」
「うん、だいじょーぶだよ。じゃあお金とってくるね」
そう言って勝手知ったる家のなかに消えていくつばさ。
「…幸一郎さん」
「ん、何だ?」
「なんで大宅さんは、あんなに幸一郎さんのお家のことに詳しいんですか?」
「ああ…家の両親がつばさを異状に気に入ってて、しょっちゅう家に呼ぶんだよ」
どの位気に入っているのかと言うと、息子である僕よりも気に掛けられている。
僕がどんなに高熱を出しても無理に家事をさせる親が、つばさだと咳をしただけで手厚い看護をする。
いくら他人の子だといっても、この対応の違いは絶対におかしいと思う。
一人で思うだけで口にはしないけど。
「だから自然と詳しくなった、それだけの事だろ」
「はあ、そうなんですか」
「…何でそこでつまらなそうにする?」
「わたくしてっきり、お二人がすでに結婚前提のラブラブ同居生活で、ほとんど夫婦状態なのかと…」
「……」
ずいぶんハジケた妄想だな。真面目に言ってるのだろうか?
僕達はまだ高校生だぞ、おい。
「本当にそうでしたらもっと面白かったんですけどね」
「…面白くない」
「あらあら、そんなに照れてしまって。可愛いですわ」
「……」
これ以上桜子の相手はしたくない、と思っていたら、タイミング良くつばさが戻ってきた。
「おーい、お金とってきたよー。これから買いに行くけど、みんな何飲みたい?」
「わたくしは何でもいいですよ」
「長谷部せんぱーい!飲み物、何がいいですか?」
「…と、言う訳…ん、私か?そうだな、レモンティーを頼む。もし無かったら炭酸にしてくれ」
…そういえば長谷部もいたんだよな。完璧に忘れてた。
「レモンティーか、炭酸…と。あと、いっちーは?」
「お茶にしてくれ。温かいやつ」
「ふーん」
「…なんだよ」
「んー、なんでもないよ。ただね…」
「ただ…?」
「若くないなぁ、って思って」
「……」
悪かったな。四月でも寒いときは寒いんだよ。
「まぁいいや。じゃあ行ってくるね」
「あ、ちょっと待ってください」
つばさを呼び止めた後、小声で耳打ちしてくる桜子。
「一緒に行ったらいかがですか」
「…なんで僕が」
「あら、女の子に荷物を持たせるつもりなんですか?」
「一人でも十分持てるだろ」
「もしも知らない道に迷いこんだり、道を忘れてしまったら?」
「生まれてからずっと住んでるのに、迷うわけがない」
「道端の石につまずいて転んでしまったりしたら…」
「そこまで面倒見きれない」
「もしかしたら、変質者に襲われるかもしれないですよ」
「…………そんなことあるわけない」
「わかりませんよ?大宅さんはだいぶ可愛いですから」
「……朝だし、大丈夫だろ」
「いいえ、変質者に常識はありません。もしあるならそんな事はしないはずですから」
「…確かに」
「ああ、清らかな乙女の肢体を汚れた手が這いずり回り、心も身体も為すすべなく蹂躙され…」
…想像とは言え、そんな事を考えると虫酸が走る。
いや、でも実際にはそんなこと…。
「そして心身に一生消えない傷が残る…なんて可哀想な」
「……」
「もしもそうなったりしたら、自分のことを許せますか?」
「……」
「幸一郎さんが行くことで助かるかもしれないんですよ」
「……行ってくる」
「さすが幸一郎さん!優しいですね」
くそっ、負けたよ、負けましたよ!
「さあ、大宅さんが待ってますよ」
「わかってる…」
なぜか騙されたような気がする。なぜだろう…。
もういい、なるようになれ。と、半ば自暴自棄になって家を後にする。
「じゃあ今度こそ行ってくるね」
「ええ。いってらっしゃい」
「……」
やけに楽しそうな桜子に見送られ、自分でもゾンビの方がまだいい動きなのでは、と思うぐらいの重い足取りで歩き出す。