非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-9
「しかし、フランスはいい所だぞ? まあ、母さんと一緒なら、どこでも素敵だけどな」
「もー…あなたったら」
べたべたべたべたと、他人の家に上がりこんで、このボケ夫婦は何をしているのか。聡は気が狂いそうになった。
「姉さんからも、何とか言ってやってくれよ…って、姉さん!?」
「なな、何かしら…こっちに話を振らないで頂戴」
ソファーの裏で小さくなって怯えている。ああ、姉さんはこのボケ夫婦のことが芸術的なまでに苦手なんだった…。
「と、言うか…ひよちゃんも、どうしたんだ?」
「…いえ、もう、付いていけませんから…放って置いてください」
こっちはテレビの裏で体育座りになっている。まあ、気持ちは解らなくも無いが。
「さ、冴子さんは…?」
冴子さんに至っては、姿も無かった。母さんに解放された後、一目散に家を飛び出していったのは気のせいではなかったのか…。
「悠樹は…」
「いいなあ、私も外国に行ってみたいですよぉ」
「じゃあ、悠樹ちゃんも行くかい? 家を建ててみたのはいいんだけど、広くて殺風景でねぇ」
「そうなのよー、家政婦さんが何人か居るんだけどー、おばさん外国語が話せなくて、お話も出来ないのー」
「あはは、それは大変ですねぇ」
コイツはどこの家の子だ? 確実に俺達姉弟より馴染んでる…。
「俺、帰る…」
この場に留まっていたら、間違いなく気が触れてしまう…。
「まっ、待ちなさい、聡…置いていかないで…」
ソファーの陰から蚊が鳴くような声で囁いてきた。
「ね、姉さん」
「み、見捨てないで頂戴…姉弟でしょう…? 私達…」
「解ったよ…」
こんな時ばかり姉弟の絆を持ち出されても…とは思ったが、ここで置いていったら後が大変だ。
「ほら、掴まって、姉さん」
と、聡は琴葉に背中を差し出した。ビクビクしながら琴葉が掴まったのを確認して、さあ、ここから脱出しよう…と思ったが、テレビの横の妃依を忘れる所だった。
「ひよちゃんも、さ、早く!!」
テレビの裏で小さくなっていた妃依に、手を差し出した。
「…は、はい」
妃依がが手を握り返す。
「行くよ!!」
掛け声一発、聡達は、魔窟と化した杵島家から脱出した。
十五分後、共同公園。
ベンチの上に琴葉を横たえて、聡と妃依は、その脇の地面でぐったりしていた。
「ま、まさか…あの二人が出てくるとは…考えもしなかった」
「…何者なんですか…あの人達」
妃依はろくに会話の内容を聞いていなかったので、変な二人組だ、という認識しか出来ていなかった。
「え…? ああ、見るの初めてだもんな…アレが俺と姉さんの両親」
「…そんな…まさか…」
妃依は、まるで『明日、世界が滅ぶ』と聞いた時の様な反応を示した。
「そ、そこまで驚くか」
「さ、聡…もう、父様と母様は居ないのね…?」
琴葉が上半身を起こして、周りを見渡しながら言った。
「追いかけてくるはずないから…もう大丈夫だよ」
「良かった…全く、心臓に悪いわ…」
「…琴葉先輩、ご両親の事が嫌いなんですか」
そう妃依に問われ、琴葉は顔を俯けた。
「嫌いと言うより…体が受け付けないのよ。一種の心的外傷ね」
「…確かに…トラウマになりそうな人達でしたけど…」
「ああ、正直、俺は悠樹が恐ろしい」
「そうね、父様達と普通に会話するなんて…まともな人間には出来ないものね」
珍しく意見が一致していた。両親の事となると、この二人はとたんに姉弟らしくなるのである。
「…でも、家が無くなるまでは、一緒に住んでたんじゃないんですか」
妃依のそれは、当然の疑問だった。
「私は大抵、杵島家にお世話になっていたから。まあ、聡は殆ど家に居たみたいだけれど」
「俺は…なるべく顔を合わせない様にして生活してたから」
「…何だか、家庭崩壊してますね」
「そんなの、もう、とっくの昔の話よ」
「ああ、小学生の頃にはもう、こんな感じだった気がする」
「…す、凄いですね…」
妃依は二人に対して同情した。琴葉に同情する事なんて、これが最初で最後に違いない。