非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-81
現在時刻、十時五十三分。
やたらとテンションが高まっているヘクセンを先頭に、結局三人で公園へと散歩に行く事となった聡達一行。
流石に肌寒さを隠せなかったのか、妃依はワンピースの上にカーディガンを一枚羽織っていた。
「な〜つや〜すみ♪ なつやすみィ〜♪ で〜も私に休みは〜あ〜りま〜せ〜ん〜↓」
先頭を行くヘクセンは、先程まで鼻歌を歌っていたのだが、いつしか鼻歌は歌詞付きの歌になっていた。
「ま〜いに〜ち、まい〜にち〜♪ こと〜はさ〜まに指図され〜♪ 猫畜生の世話をする〜♪ 嗚〜呼〜なつやすみ〜って、な〜に〜色なのか〜し〜ら〜↓↓↓」
「…何ですか、その、やたらとネガティブな歌は…」
「この歌ですか…!? ええ、ちょっと!! 日々蓄積されてゆく私の不満をですね!! 作詞作曲ヘクセンでお送りしてみました!!」
「不満って…お前は十分過ぎるくらいに休んでると思うんだけどな…俺は」
ヘクセンが猫の世話と姉の部屋のベッドメイクをしていない時は、特に何もせず横になってゴロゴロとしているだけなので、少なくとも自分よりは暇な筈だ…と、聡は自分とメイドロボの労働の差を再認識し、やり切れぬ想いに包まれた。
「弟様の目は何なんですか!? 後頭部の後ろまで貫通している程の節穴ですか!? 『ああ、向こう側が良く見えるよ、パトラッシュ…』ですかァッ!?」
「…いつにも増して意味が解りませんよ」
「ふっふっふ!! そこはわたくし!! 常人に理解される程度の受け答えしか出来ないような、そんじょそこらのロボットとはレヴェルが違いますからネェ!? レヴェルが!!」
「…まあ、確かに(異常という意味では)高レベルですけど…」
「あっははははは!! そんなに褒めないで下さい!! 全く、あまりに愉快過ぎて、全兵装使用許可《オールウェポンズフリー》になっちゃいそうですよ!!」
「…誰も褒めてません」
――と、益々テンションが上がってゆくヘクセンと、それに付き合わされるようにして絡まれている妃依から少し離れ、ヘクセンよりも働いているという現状を再認して微妙に落ち込んでしまい、二、三歩後ろをトボトボと歩いていた聡は、ふと、背後を振り返った。
「ん…? 誰も…居ないよな」
「…どうしたんですか、先輩」
妃依は、急に立ち止まって後ろを振り返った聡を不思議に思い、自身も立ち止まり声を掛けた。
「いや…何でもないよ」
聡は軽く首を傾げながら返す。が、しかし、
…――…
何か、
…――――…
異様なまでの、
…――――――…
執拗な、
…――――――――…
視線を感じていた。
「だ…っ、誰か…居る、のか…?」
再度振り返り、街灯の薄明かりの中を探すが、しかし、誰も居ない。
「…先輩、何を…」
「や、やはり…!! 一度死に掛けた、というか死んだ所為で!! 脳に何らかの影響を及ぼし!! 普通の人には見えないモノが見えてしまう体質にッ!? 幽波紋能力者ですか!?」
「何だか知らんが、とにかく…そこに、何か居るような気がする」
と、聡が指差したのは、街灯からの薄明かりを受けているマンホールの上だった。
「…誰も…居ないじゃないですか」
「うん、まあ…居ないんだけど…居るような気が…」
「弟様!! ここは一つ、私にお任せアレェッ!! ストーンフ…『ラドシュパイヘ』!!」
これは自分の見せ場だ!! …とばかりに、ヘクセンは、バッ、と聡達の前に飛び出すと、奇妙なポーズを決めつつ、右手人差し指のラドシュパイヘを、聡の示した宙へと向けて放った。