非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-74
「…シラを切るのが下手過ぎですよ…先輩」
「あはは…は」
「弟様も、破廉恥な妄想に耽っている事ですし!! やはり!! ここは実行に移すしか…!!」
諸手を宵闇に突き上げて叫んでいるヘクセン本人としては、煮え切らない主人を後押ししているつもりだったのだが、どうにも一人で空転していた。
「…ところで、ヘクセンさんは…寒くないんですか」
下らない話はサラリと流して、妃依はヘクセンにも同じ問い掛けをした。
「私の対冷性能を甘く見てはいけませんよッ!? マスター!! ヤル気になれば、百ケルビンの極寒においても行動可能なんですからね!! 私は!!」
「…そういう事を聞いた訳じゃないんですけど…」
「フッフッフ…!! まあ、そうですね!! どうしても寒いと言うのならば!! どうにかできない事もないですよ!? マスター!!」
「…ヘクセンさんのその『フリ』は、正直もう…いいです…要りません…飽食気味もいい所です」
何処と無く、ウンザリとした表情で答える。
「まッ、マスター…!! それは事実上の不要宣言ですか!? 私はそんなに必要の無い存在ですかぁッ!?」
「…まあ、この場においては…結構…そうかもしれませんね」
妃依は流れで、つい本音を吐露してしまった。
「こっ…これが!! これが!! 不要の烙印を押されたモノの気持ち!? アアッ!! 何て醜悪な感情…!! 再起する為には、およそ三分の時間が必要ですよッ!!」
ヘクセンは、ガクリと膝から地面に崩れ落ち、憎々しげにアスファルトを叩き始めた。
「わりと、すぐに立ち直るんだな」
「ええ!! それはもう高性能ですからッ!! 自分の感情を律する事くらい容易ですよ!! 琴葉様の手をひねる位に簡単ですよ!! アハハハハははハは…は、はは、はぅうううああアあぁぁぁァァぁん!! 嘘じゃありませんよッ!?」
「…はいはい、そうですね」
結局、置いて行く訳にもいかず、二人はヘクセンが落ち着くのを待って再出発する事にした。
そして――辿り着いたのは、宍戸妃依のアパートだった。
「え? ここって、ひよちゃんちじゃないか?」
四階にある妃依の部屋の前まで来て、聡はようやく、その解答に行き着いた。
「…ええ、そうですよ」
気が付くのが遅過ぎる聡に対し、妃依は半ば呆れ気味に答えた。
「外に食いに行くんじゃなかったの?」
「…一応、先輩の家から見れば…外じゃないですか、ここ」
「あれだけ、もったいぶった割には!! コレはちょっとショボ過ぎやしませんか!? しかも、そんな下手な屁理屈では、ショボさが全く誤魔化し切れてませんよ!? マスターッ!!」
近所迷惑になる事を察してか、ややトーンを押さえ気味にして不満を漏らすヘクセン。
「…ショボいとか言わないでください」
「ん…? …って事は…ひよちゃんが今から何か作ってくれるの?」
聡は、期待の篭った眼差しを妃依へと向けた。
「…先輩、カップ麺は…嫌ですか」
妃依は、期待を根こそぎ薙ぎ払うかの様な平坦な声音で、質問に質問を以って返した。
「い、嫌じゃないけど…嫌ではないけれどもね…イヤと言うほどに嫌ではないよ?」
「…つまり、嫌なんですね」
「まあ…カップ麺よりは、ひよちゃんの作った料理が食べたいってのは事実だし…」
空腹感もあって、正直に素直な気持ちを吐いた聡。
それを聞いた妃依は、数瞬『…あ』と口を軽く開いたまま停止して、
「…そ…そう…ですか…今からご飯を作るのは、ちょっと面倒ですけど…そこまで食べたいと言うのなら…解りました…作ります」
何かを誤魔化す様に微妙に視線を彷徨わせながら、自分の部屋の玄関ドアを開いた。