非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-67
「それは一体…どういう…ッ…ゴハッ!!」
ギギギ…
何故か、縁の鎖は必要以上に聡の魂を締め付けていた。
「余程、現世で『想われて』いるんですね…聡さんは」
「ギャヒィィ…ッ!!」
ゴキッ…バキッ…グシャッ…
(な、何か違うような気もしてきましたね…)
まるで、鎖の大元となっている『無意識』が、この状況を芳しく思っていない様な…そんな気配がする。
「と、ともかく…ごきげんよう、もし、また死んでしまったらお会いしましょう…聡さん」
鎖によって雁字搦めにされて、河原の向こう――現世に引き摺られて行く、絞られたボロ雑巾の如き聡を眺めながら、茉莉は半ば放心しつつそう呟いていた。
「グエェェェェェェェ…!!」
彼此の河原中に響き渡ったその声は、今から現世に還るとは思えない、まるで断末魔の叫びであった。
巫女装束を纏った雇われメイドであり、今や遊佐間琴葉の忠実な部下と化した坂上美咲は、まさにその現場を目撃していた。
(む…むぅ…随分と帰って来ないものだな、と思っていたら…こ、こんな事をしていたとは…)
美咲は、脱衣所の扉を僅かに開き、そこから中を覗いていた。
その為か、心臓マッサージ中のヘクセンの姿は見えておらず、それでも十分過ぎる程に聞こえていた声は、状況からして、妃依をはやし立てているのだろうと解釈していた。
(そういう関係なのだという事は知っていたが…や、やはり…実際に目の当たりにすると…気まずいな…)
先程から、息を切らせながらも幾度と無く深い口付けを交わし続けている妃依の姿に、美咲も体温の上昇を自覚せずにはいられなかった。
(み、見てはいけないモノを見てしまった気がする…)
『遅いわね…少し様子を見て来てもらえないかしら』と、琴葉先輩に言われてここに来た訳だが…『様子を見て来る』という目的は果たしたのだし、わざわざ声を掛けるのは無粋な上に、馬に蹴られて何とやらだからな…と、美咲はここでの出来事を己の心の中のネタBOXに仕舞い込んで、何食わぬ顔で居間に戻る事に決めた。
音を立てない様に扉をそっと閉めた所で、
ぴんぽ〜ん…
と、家中に響き渡ったインターホンの音に、美咲は軽く飛び上ってしまう程に驚いてしまった。
「しっ…心臓に悪い…」
別に後ろ暗い事をしていた訳ではないのだが、コソコソしている者の常で、想定外の事態には必要以上に身体が反応してしまうのだ。
とは言え対応しない訳にもいかないので、美咲は小さく咳払いをすると玄関へと向かった。
「はい、どなた様でしょうか」
勤めて平静を装って、対応に出る。
『あっ、美咲ちゃんだぁ!! やっほ〜』
…マズイ。
これは、非常に、マズイ。
「き、杵島…か?」
ディスプレイに映し出された顔を見るに、間違い無く杵島悠樹本人だったのだが、美咲は淡い期待を抱いて一応聞いてみた。
『うん。泊まりに来たよぉ』
この状況(歯止め役になってくれそうな後輩と、捌け口になってくれそうな同級生がお楽しみ中)で、この客人(杵島悠樹)と、この家の支配者(遊佐間琴葉)が合流したら…下手を打てば、被害を受けるのは私一人ではないか…?
「ぐ…っ、む…ぅ」
思わず呻き声が出てしまった。
『ん〜? どうしたのぉ? おなか痛い?』
「い、いや…腹と言うよりは、むしろ胃が痛いんだが…まあ、いい…開けるから少し待ってくれ」
どうする…? 逃げるか? いや…一応仕事なのだからソレはマズイか…? …ああ、そうか、あの破格の俸給の正体はこういう事だったのだな…。
実際はそういう事では無かったのだが、現状の美咲本人にとっては、どちらであっても結局同じ事だった。
『あ、開いた。それじゃ、すぐ行くねぇ!!』
「…ああ…」
美咲には既に、まともな返事をする気力すら残っていなかった。