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非線型蒲公英
【コメディ その他小説】

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非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-58


「あと、そこの霊魂さん。見掛けない人っすけど…死ぬ気が無いんなら、茉莉さんには余り、関わらない方が良いっすよ? 無理やり死なされちまいますから」
 吉祥と呼ばれた鬼は、長身な身体を折り曲げて聡の耳元に口を寄せると、小声で忠告をしてくれた。
「は、はは…それは、身をもって味わってます…」
 間近で鬼の顔を見たのは生まれて初めてだったが、妙に人の良さそうな(?)顔つきの鬼なので、特に恐怖は感じなかった。
「なにを、お話されてるんですか…?」
「いや!! 何でもないっすよ!? …と、とにかく、石を投げたりしないでほしいんす!!」
「…? まあ、仕方ないですね…仕事の邪魔はよくないですし」
「あー…えっと、それで? こんな所で何してるんすか? 茉莉さん」
「え? 私達は、此方側から彼岸観光をですね…」
「観光って…そもそも、茉莉さんの仕事は、彼岸に渡った霊魂の案内っすよね? こっちに居たら駄目なんじゃないっすか?」
「ほら、私、課長ですし。少しは自由に行動してもいいんじゃないかなぁ…って思いまして」
「茉莉さん一人しか居ないから、課長なんじゃないっすか…」
「そういう事を、言っては駄目ですよ?」
 にこやかに微笑みながら、茉莉は何処からとも無く巨大な鎌を取り出した。故意か否か、その刃の切先は吉祥の顔の方を向いている。
「ひ、ひぎゃあああああっ!! そそそ、そんなモノ向けないでほしいっす!!」
「あ、手が…」
 ざぐん
 背筋が凍る様な音を立てて、大鎌の刃は、吉祥の足元の石を貫いた。
「…滑っちゃいました」
「こここ、殺す気っすか…!!」
「やだなあ…吉祥さんは、こんな鎌が刺さったくらいで死んだりはしませんよ、鬼さんですし」
「そんな鎌が刺さったら、閻魔様でも死ぬっすよ!!」
 吉祥は恐慌状態で、身を縮ませながら叫んだ。
「鎌…? や、やっぱり、茉莉さんって、死神…」
「違います、聡さん。これは死神の鎌なんかじゃありませんよ? 凶忌守魂狩(きょうきのかみ・たまかり)って言う、ひいおばあちゃんの代から伝わる、由緒正しき『刀』なんです」
「か、刀…?」
 どこからどう見ても刀ではなく鎌だったのだが、どちらにせよ、えらく物騒なモノであるという事には変わりない。
「なんでも、今までに何百万もの人間の魂を食らってきたと言う話で…たまに『うぅ〜』って呻いたりするんですよ? 可愛いでしょう?」
 どう考えようと可愛い筈がない。だが、それを口にする訳にもいかず、
「う、うーん…た、たしかに良く見れば…可愛いような、気がしないでもない…かも」
 聡は無理にでも同意する事にした。
「そうですよねー? 良かったですね、魂狩」
 茉莉が、にこりと微笑みながら手にした大鎌に語り掛ける。と、
『うァぁおぉぉォ…ごぁぁぁあァァァぁぁ…』
 地の底から湧き上って来る様な苦悶の声が、聡の耳に、と言うより、全身に直接響いてきた。
「うぎゃああああああああっ!! うおわぁぁぁあっ!!」
 理由の無い純粋な恐怖が聡の感情を塗り潰し、聡は頭を抱えて地面をのた打ち回りながら叫んだ。
「だ、大丈夫っすか!? 霊魂さん…!! ち、ちょっと、茉莉さん、シャレんなってないっすよ!!」
「うふ、ふふふふふふ…」
 悶え苦しむ聡を見下し、にこやかに――だが、どこか壊れたような邪悪な微笑みを浮かべる茉莉。手にした禍々しい鎌も相まって、その姿は誰がどう見ても死神だった。
「ぎょあおぉぉッ…!! …ぐぉっ…はぁっ…はぁっ…」
 やがて、聡は仰向けの状態で動きを止めた。
「わあ…凄いですね…魂狩の『声』に耐え切るなんて…初めてですよ、そんな人」
 微笑をそのままに、悪意の欠片も無い声音で、さらりと言う。


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