非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-5
そして、一時間後。杵島家玄関前。
「…どうして、ここまで来るのに電車に乗らないといけなかったんですか」
ヘクセンの案内でここまで来る途中、バス、電車と乗り継ぎ、ようやく巡り巡って元の町内へと帰ってきた次第なのであった。
「いやあ!! 今日はGPSの調子がちょっとオカシイみたいで!! ははははは!!」
「…ははは、じゃないですよ…交通費890円返して下さい」
「け、ケチですね!! マスター!!」
渋々、がま口財布を取り出して、千円を差し出すヘクセン。
「あ!! 110円、お釣り返してくださいよ!?」
「…わ、わかってます…そこまでケチじゃありませんから」
自分が多少なりともケチである事は認めていた。
「…それはともかく、ちょっと入りづらいですね…訪ねる理由も無いですし」
妃依はドアの前で尻込みしてしまっていた。
「そんなの!! とりあえずベルを鳴らしてから考えればいいじゃないですか!! えい!!」
ぴんぽーん…。
「…あ」
「『考えるな、とにかく行動しろ』と琴葉様が仰ってました!!」
「…迷言…ですね」
すると、勢い良く扉が開き、二人の見知った顔が現れた。
「あれぇ? ひよちゃんと…ヒントのお姉さん? どうしたの? あっ!! 遊びに来てくれたの!?」
あっけに取られている間に、悠樹が勝手に話を進めてくれたので、妃依はそれに便乗する事にした。
「…はい。琴葉先輩達が来ているみたいなので」
「ああ、うん、琴葉姉さんも、聡君も来てるよ。聡君は、わたしのお母さんと遊んでるけど」
「…は、はあ」
妃依は、この辺の事情を知らなかったので、額面どおりの意味と受け取った。
「や、やっぱり琴葉様も居るんですか!? 彼女さん!!」
ヘクセンは、名前を覚えるのが苦手だったので、勝手な呼び方で人を呼ぶという悪癖があった。殆ど記憶素子の欠陥である。
「え? はい、琴葉姉さん、今、居間で退屈そうにしてますよ。今居間で退屈そうに…あはは!!」
何が可笑しかったのか、悠樹は急に笑い出した。
「そ、そうなのですか!! じゃあ、私はこれで失礼させていただきます!! いいですよね!? マスター!!」
「…そうですね、また、お留守番しててください」
コマンド発令。
「はいっ…!! って、うわあああ!! いやぁぁぁぁ!! 琴葉様も嫌だけどそれも嫌ぁ!! 自由はどこへ!! 自由カムバーック…!!」
叫びながらも、ヘクセンは凄い勢いで帰っていった。時速60km位で。
「忙しいヒトなんだねぇ、ヒントのお姉さん」
ふぁー…と口を半開きにしながらヘクセンが走っていく姿を見送り、悠樹が呟いた。
「…せわしない、という意味では、確かにそうですね」
ヘクセンの姿も見えなくなり、妃依はとりあえずお邪魔させてもらう事にした。