非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-48
「そうか…それじゃあ、仕方が無いね…」
『んんん…!! 何が、仕方ないんですかァ…!?』
今の今まで沈黙していたその棒は、唐突に寝惚けた声を発して、妃依以外の二人を驚かせた。
「…ヘクセンさん…居ないと思っていたら、こんな所に居たんですね」
『は…!? マ、マスター!? …って!! こ、ここはどこですか!? 弟様は!? 幼女さんは!? どこへ行ってしまったのですかァッ!?』
寝ている間は、外部の情報は全く入らないらしく、ヘクセンは自分がスリープモードに入る前に確認した風景と、現在の風景の食い違いに混乱していた。
「…どうして、棒に戻ってるんですか」
『棒!? 棒じゃありませんよ!!』
「…じゃあ、何ですか、一体」
『『携帯型超距離衛星経由電話一体型万能魔法ステッキ』です!!』
「…略して『棒』でいいじゃないですか」
『全然略されてませんよ!! どの辺をどう略したら『棒』なんて失礼極まりない名称に落ち着くんですか!?』
「…見た目とか」
『かああああああああああっ!!』
身悶えする様にレジカウンターの上をゴロゴロと転がるヘクセン。
「宍戸、この棒は…何なのだ?」
やたらと聞き覚えのある声に疑問を抱き、美咲は、棒に関する事情を知っているらしい妃依に問うた。
「…これは、ヘクセンさんですよ」
「はあ…それは、どういう事なのだろうか…?」
ヘクセンが身体を得てからの知り合いである美咲にとって、その答えは容易に理解できるものではなかった。
『琴葉様に身体から引き抜かれたんですよ!! ああああああっ!! あいうぉんとまいぼでぃーっ!!』
「あの…すいません、ヘクセン、さん…? 前に、ウチのコンビニに来ませんでしたか? 聡と美咲さんも一緒に」
事の成り行きを黙って見ていた和馬は、薄っすらと聞き覚えのある名前が出てきた事で、それと符合する記憶を思い出したのだった。
『ああっ!! もしや、あの時いた店員さんですか!? いやぁ!! あの時は逃げてしまってすいませんでしたネェ!!』
「はは…あの時は、扉が壊れた理由を店長に説明するのに苦労しましたよ…」
約一ヶ月程前の事を思い出し、和馬は自嘲気味に微笑んだ。入り口の扉が吹き飛んだ後日、バイト代が少々目減りした原因がソレである事は明確だった。
「…副部長も、ヘクセンさんを知ってるんですか」
「え? うん、確か、あの時はメイドさんの格好をしていた気がするんだけれど…」
「…そっちは仮の姿で、こっちの棒が、本来の姿なんですよ」
横目でヘクセンを捉え、ふ、と嘲る様に鼻で笑う妃依。
『違います!! まるで逆です!! ある事ない事ほざかないでください!! マスターッ!! …はぎゃあああっ!!』
円筒形のボディー(?)で激しく身悶えした結果、ヘクセンはレジカウンターから床に転げ落ちてしまった。
「まあ…メイドさんの事はともかくとして、だ。早く材料を買って帰らなければ、琴葉先輩に目玉を食らうぞ」
「…そうですね」
このままヘクセンに関わっていては収集が付かなくなるであろう事は必至だったので、ヘクセンが視界から消えてコレ幸いと、美咲と妃依は本来の目的を優先することにした。
『ち、ちょっと!! 待ってくださいよ!! ああっ!! このまま知らぬ存ぜぬを通して置いていく気ですね!? 何とか言ってやってくださいよ、店員さん!!』
「はは…僕としても、なるべく早く用事を済ませて帰ってもらいたいんですよね…」
これ以上問題が増えるのは(個人的にも、立場的にも)勘弁して欲しかったのだ。己のバイト代のためにも。