非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-42
「兄様、出てきてください」
アブリスが言うと、空中からスーッと浮かび上がるように円錐状の飛行物体が姿を現した。
「はわっ…!! そ、それ…いえ、その方が、お兄様でしょうか?」
「はい!! わたしの兄様です!!」
アンファングが、『よろしく』とでも言いたげに、燐の頭の上をクルクルと回った。
「わぁ…何だか、可愛らしいですね」
燐がアンファングに手を差し伸べると、その指先に止まる様にして停止する。
「…どうやって浮いてるんですか、その…『兄様』さんは」
自在に空中を舞うアンファングを見て、妃依は当然の疑問を口にした。
「そうね…簡単に説明すると、気体分子のブラウン運動の軌道を局所的に収束させて束体を形成し(中略)を調整、機体下方に場を展開して浮いている、とでも言えば良いのかしら。あえて、名付けるなら『Orbital Convergence Field』ね」
「オービタル・コンヴァージェンス・フィールドですか…気圧を制御しているのですね」
たっぷり三分は説明していた琴葉の言葉に、燐は理解した、と言う風に頷く。
「…どこが簡単なんですか」
「今…湖賀が別の星の人間に見えたぞ…」
基本的に文系である妃依と美咲には、欠片ほども通じてはいなかった。
「そう言えば…お姉様。何故、この御二方の型式番号は『蒲公英』さんや『桜花』さんよりもお若いのでしょうか?」
「ああ…その子達の骨格まで造り終えた時に、たまたまロボットアニメを見ていたら、急に『巨大ロボット』を造りたくなってしまってね…それで一旦はその子達の製作を凍結していたからよ。まあ、この間のヘクセンのバージョンアップのついでに改修して完成させたのだけれど、ね」
理由も説明も滅茶苦茶だった。が、
「だから、『R』が付いてらっしゃるんですね」
やはりと言うか、燐にはしっかり通じていた。
「ええ、まあそういう事よ」
「…だから、どういう事なんですか」
「むぅ…ベクトルはかなり違うが、何か、通じるモノを感じるな…」
それは、『オタクのオーラ』とでも言うべき波動だろうか。
「とにかく…アブリスも帰ってきたことだし、トランプでも始めましょう」
何が『とにかく』なのかは解らないが、琴葉は例によって例の如く思い付きを口にした。
「…え…」
妃依は、珍しく顔と声に出して不満を表現していた。正直、もうダイヤもスペードも見たくは無かったのだ。
「あら、妃依は不満なの?」
「…もう、ソレはお腹一杯です」
「一晩トランプで遊び続けただけで音を上げるなんて、フフ…妃依もまだまだ、ね。これが悠樹だったら数年遊び続けても飽きたとは言わないでしょうに」
「…既に、人間の次元を超越してますよ…それは」
そんな事が出来るモノはきっと、神もしくは化物の類だと、妃依は思う。
「流石は、将棋部部長だな…」
美咲は口元を押さえ、難しい顔で頷いた。
「…多分、世界中を探しても、数年間もトランプだけを続けられるのは、ウチの将棋部部長くらいですよ…」
「す、数年…ですか…わたくしにも、出来るでしょうか…」
軽く戦慄しながら、燐が誰にとも無く問う。
「…やらない方がいいと思う」
結局、妃依の抵抗も虚しく、夏の夕焼け空に星を探していた聡までをも巻き込んで、妃依にとっては昨日から通算三度目となるサドンデス・トランプが始まったのであった。